昔、CARBOYというちょっと変わった自動車雑誌の編集を手伝わせてもらっていたことがありました。
その頃、近くに白鳥クンというセンスのいい素人チューナーが住んでいて、家が近くだったこともあり、ページに困るとよく面白DIYネタなどを取材させてもらっていました。
彼の特技はなるべくお金をかけずに速いマシンをつくること。
解体屋さんから集めてきたパーツを駆使して、とんでもなく速いサニー(日産の大衆車)をつくったりしていました。
CARBOY誌では当時、富士スピードウェイを貸し切りにして、「CBゼロヨン」というドラッグ風レース(0→400mを走ってタイムを競う)をやっていて、彼の作るマシンは速く、次第に注目されるようになり、スポンサーが付いたりもしました。
「マルビ」がトレードマークだった白鳥クンのクルマづくりに金銭的な余裕ができたのですが、にもかかわらず、彼が選んだベース車両は、フェアレディZやRX-7などのスポーツカーではなくサニトラだったのでした。しかも、元は土に帰ろうとしていたようなオンボロピックアップトラック。でもこれがその後のサニトラブームのきっかけになった可能性もあります。
「羊の皮を被った狼」の多くは、ノーマル風外観ながらもエンジンを他車のモンスターエンジンにスワップしていたりするのですが、彼のこだわりからエンジンはオールドサニーに使われていた日産のA型エンジンのまま。ツインカムどころか、カムが1本腰下(クランクシャフトの近く)にあってプッシュロッドでバルブを開閉するという古典的なOHVエンジンです。
これをギリギリまでボア&ストロークアップし、削り出しのフルカウンタークランクやローラーロッカー(このあたりにスポンサーが付いた利点を生かしたわけですが)を組み合わせ、ターボを使わない自然吸気(当時は「メカチューン」と呼んでいました)ながらもゼロヨン12秒台という驚くべき記録を打ち立てたのでした。過給器なしのナチュラルアスピレーション同士で比べるのであれば、ポルシェよりも速いサニトラでした。
しかもエンジンを組んだのは、MFP仲間で女性メカニックである杉村さん。上の写真のGパンの彼女。ちなみにサニトラから顔を出しているのが白鳥クンです。
ということで、そんな昔の懐かしいワンシーンをイーロン・マスクが思い出させてくれました。ネタニヤフに会いに行ってニヤニヤしていたり、なんだかよく分からない人だけど、この宣伝はなかなか洒落てます。