つい先日まで、ミズキのある林に入ると、カサコソ、カサコソ、風もないのに絶え間なくかすかな音が聞こえていたのでした。
これらはミズキを食樹とするとキアシドクガという蛾の幼虫が、木の上から落とした糞が林床の草や地面に当たる音。とにかく今年は猛烈な数。
⇧樹高10m以上のミズキがどこも丸坊主。右の木はかすかに花だけが残った状態のミズキ。どうも花は美味しくないらしい……。
キアシドクガの幼虫はなぜか蛹化する際、食樹であるミズキから離れ、人工物を好んで蛹化します。
⇧廃材置き場の単管パイプには不用意に握れないほどの蛹が付いていました。
そしておとといから(6月1日から)、ついにキアシドクガの羽化がはじまりました。
でもこの蛾、分類学上「ドクガ科」というだけで「キアシドクガ」と命名されてしまったのですが、幼虫も蛹も成虫も毒はもっていません(キアシシロガにして欲しかった)。成虫はどちらかというと、華奢な感じの弱々しさを秘めた蛾で、林の樹冠をヒラヒラ飛ぶ姿は、幽玄な感じさえあります。
⇧これが羽化直後のキアシドクガ。前足が黄色いのが分かるでしょうか?
⇧光線の具合によっては、シルバーに輝くパールホワイトの羽根を持った瀟洒な蛾です。
ここのところ発生量の多い年が続いていたのですが、おそらく今年は近年にない大発生。ミズキの大木が丸坊主にされてしまうくらいに大量に発生しています。
白くて目立つ蛾なので、シロヒトリの仲間(特にアメリカシロヒトリ)と間違えられ、かぶれや炎症の濡れ衣を着せられそうだけど、今の時期、何かにかぶれたとしても樹上をヒラヒラ飛ぶこの黄色い足の蛾の可能性はまずないと思います(いつも素手で触っていますが、かぶれたことはありません)。
ところでキアシドクガの大発生でちょっと心配になるのが、アゲハモドキという別の蛾のことなのでした。
アゲハモドキは、キアシドクガと同じく、主にミズキを食樹としています。そのミズキを丸坊主にされてしまうと、アゲハモドキの分の葉っぱがなくなってしまうのではないか?と心配になっていたのでした(アゲハモドキの幼虫は前衛芸術のようで、幼虫もまた素敵だったりします)。
でも、それはどうも取り越し苦労でした。自然の生態系はうまくできています。キアシドクガがミズキを丸坊主にする少し前に、アゲハモドキは蛹になっていたようで(大発生することの少ないアゲハモドキの方が発生サイクルが少し早い)、今年も元気な姿を見せてくれました。
ウマノスズクサという毒草のアルカロイドを蓄え、天敵の鳥から身を護るというジャコウアゲハという蝶がいるのですが、アゲハモドキはそのジャコウアゲハに擬態し、天敵から身を守っている、と言われています。
⇧この角度からだと、虫好きでも一瞬、ジャコウアゲハの春型(赤紋タイプ)と見間違えるのではないでしょうか? 胴体にまで赤紋があってかなり似ています。
⇧羽根の動かし方や飛び方もジャコウアゲハやオナガアゲハにそっくり。ただし、サイズはかなり小型です。
⇧羽根の動かし方なども、アゲハモドキはジャコウアゲハやオナガアゲハにそっくり。この動画に移っているのはオナガアゲハで、このときは十数頭が乱舞していました。
ところでウィキペディアによると、「南方系の蝶であるジャコウアゲハが生息しない北海道などにも本種(アゲハモドキ)は生息していることから、(ジャコウアゲハ)への擬態については疑問の声もある」と記載されています。
たしかにこのあたりにもウマノスズクサはなく、ジャコウアゲハもいないのだけれども、その一方、オナガアゲハはたくさんいます。アゲハモドキは、「ジャコウアゲハに擬態したオナガアゲハ」に擬態しているとの見方もできるように思います。それに鳥は「渡り」をするので南方で学習したことを、北に渡ってきても覚えている、という可能性もあるように思います。
さらには、多くの図鑑で「オナガアゲハは毒を持つジャコウアゲハに擬態している」と記載されているのですが、オナガアゲハの食草であるコクサギも、かつては汲み取りトイレのウジ殺しに使われたり、牛馬のシラミ殺しに使われていたりしていて、かなり強いアルカロイドを含んでいるようで、オナガアゲハもそれを蓄積していて、オナガアゲハ自身が鳥が嫌がる毒を持つ蝶である可能性もあるように思うのです。
この種の自己防衛遺伝子は、捕食者である鳥の学習能力に頼るわけだから鳥を殺してしまうほどの毒性ではないはず……、ということで、オナガアゲハをニワトリに食べさせてみてその反応を見たい、とチラッと思ったりもするけど、思うだけで、どちらも可愛くてできずにいるのでした。