完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


「大豆の脱穀と風選」(味噌&醤油づくりシリーズ1)

 近くの集落の方から、大豆を脱穀するための道具をいただきました。
そして、これらがその道具。

 「使いやすい道具は美しい!」は本当です。使ってみて、しみじみ実感。
 こんな風にして使います。

 まずは畑で全体が茶色くなるまで乾燥させてから、高枝切りを使って大豆の株を根本から切ります(高枝切りだと腰をかがめることなくどんどん作業ができるので楽ちん)。それらをさらに屋根下でカラカラになるまで乾燥させたのち、これらの棒で叩きます。
 コツは十分に乾燥させること、かな。
 ところで、この種の叩き棒ではヌンチャクに似た構造の「連枷(れんか)」(=殻竿=くるり棒)が有名ですが、このシンプルな叩き棒も思いのほか使いやすくて驚かされました(くるり棒を何度か作って試してみたことがあるのですが、でもどうもあんまり効率がいい感じではありませんでした)。ちなみにヌンチャクは、脱穀のためのくるり棒から発展したもの、とのこと。

 一方、この叩き棒は、自然木の形を実にうまく使った道具でもあります。幹の部分を半割にして、形のいい枝がちょうど具合のいい持ち手になっています。
 テキトーに叩いたあと、まだサヤから出ていない豆を目視で見つけ、サヤからだします。

 家族4人総出の作業。でも、こうした時間がとてもぜいたくで、幸せな時間だったりもします。

 この写真の木の箱はフルイ。底がメッシュになっていて、ここに入れると豆だけが下に落ちます。フルイのメッシュとしては、100円ショップに売っている、BBQ用の焼き網がちょうど良かったりします。
 そしてその後、風選。扇風機をまわして風を起こし、豆とガラを分けます。
 これがその風選のための手まわし扇風機。娘がジモリ生だった頃の先輩、ミカエルからいただきました。ありがとう。

 強弱を手加減でできることが特長。しかしハネは薄い銅製?で、周囲にガイドをもなく、かなりの高速で回転するので、かなり危険なモノであることもわかりました。
 でも、かなり強い風を任意に作れて、それを目で見ながら加減できるので、意外と効率はいいです(唐箕の存在を知らなければ……)。

↑こんな感じで、豆とガラとを分けることができます。

 このあと、味噌や醤油を仕込む直前に、お盆の上で転がして、不良豆を選別します。


 ツイッターで味噌玉から作る味噌のことや、醤油麹づくりのことをちょこっと紹介したら、もう少し詳しく知りたい、とのメッセージをいただいたので、我が家の豆仕事、備忘録を兼ねて、少しずつ紹介させていただこうかと思います。