完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


そで口の秋

 コスモスが咲き乱れ、その間を少しせわしない感じでヒメアカタテハが飛んでいます。白州はすっかり秋。林の中にマイタケを見つけ、夢中で収穫していたら、こんなそで口になっていました。

 ヘクソカズラだとか、オオイヌノフグリだとか、植物の和名には不名誉なものが多いけれど、ヤブジラミというのはなんとも、可哀想。でも、極めつけは、ママコノシリヌグイだろうか?……。
 今年は、菌打ち、どうしようかなぁ……。北杜市でもハナイグチ(ジゴボウ)などの野生のキノコから放射性物質が検出され始めました(暫定基準値以下ではありますが)。まさか、手間ヒマかけた原木栽培のマイタケよりも、菌床栽培の方が安心……なんて時代が来ようとは! マイタケ用に玉切りしたコナラを煮出した液で染めるマイタケ用原木による染色、娘が楽しみにしていたのに……。
 でも、福島で農的な暮らしをしてきた人のことを考えると、こんなことで悩んでいるだけでも申しわけないような気がしてきます。
 しかしそれにして……、原子力発電所は、たかだか電気を作る発電所のひとつ。塩化ビニールの廃材がたくさん出たからって、それを燃やして発電しようなどと考える人はいない。たかだか発電所なのに、発電なんて他にもいくらでも方法があるのに、しかも電気は足りているらしいのに、その上でこんな事故が起こってしまったというのに、電気を発電するくらいのことにこんな危険を冒す必要があると考えてしまう人がいる、ということがとても不思議。

 安心して生きていくことができれば、電気がなくて暗くても、暗ければ暗いなりにそれを楽しみに変えていく方法はたくさんあるのに……。月見ダンゴの奥のお月さまがそう言って笑っているようにも見えました。きょうの月はなんだか、とっても優しく感じられます。