Blog「自給知足がおもしろい」

自給「知」足と称した、貧乏くさい暮らしを楽しむためのブログです。

完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的で質素な暮らし方が可能で、それにより身近なことで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも哺乳類の一種として自然の生態系の中で
虫や草や菌類など他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくてお金をたくさん得られても、たぶんどんなお金持ちになっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうか、よろしく。


11月の新月に思う。

 明日11月12日は新月です。正確に言うと、午前2時47分だから、きょうの夜中が新月。建材はもちろん、薪やきのこの植菌用の材も水分量が少ないことが有利。そんなわけで葉枯らしのできる11月の前半は野菜の冬支度や麦の播種などの農作業と葉枯らし可能な新月伐採の時期とが重なりなかなかに忙しい、いや充実しているのでした。

↑このクヌギは我々がこの土地に移り住んでから二度目の伐採。クヌギはとても成長が早いのです。そしてさらに、とても火持ちのいい薪になると同時に、シイタケの原木にもなります。写真のようにひこばえを残して伐採することで再生が早く、10年くらいで再び材を得ることができるというとても優れた植物なのです。
 でもこれ、おそらく、ヒトがそうした特性を持った個体を優先して選択して育ててきたからではないか? とも思っています。それによって遺伝子レベルで品種改良が進んだ、ということなのではないかと。いまは化石燃料が全盛で薪炭林を育成するということが無くなってしまいましたが、ヒトが薪用の林を育ててきた歴史は稲を育ててきた期間なんかよりもはるかに長く、里山は言うなればもの凄く長い年月をかけて作られた「薪の畑」のようなものではないかと思っています。
 1970年代の航空写真を見ると分かるのですが、都市部から離れた八ヶ岳山麓のこの地域でさせ、その頃は林や森なんてほとんどありませんでした。あるのは木のないハゲ山。いまからほんの50年前は、ヒトの少ないこのあたりでさえ、それほどに薪炭木が貴重な存在だったのです。そうした話を集落のお年寄りから聞くたびに、こんなにヒトが増えてしまった今の日本で、もしも戦争が勃発してしまったら、そして海外からのモノの輸入が途絶えたらどうなってしまうのか? 戦争に備えて武力や兵力を増強するなんてことは今の日本ではほとんど意味のないこと、のように思えてしまいます。なにしろ、日本の食料自給率は40%前後ですが、エネルギー自給率は多めに見積もっても5%前後、なのです。
 スミマセン、つい話が脱線しました。

↑下生えのコナラが育ってきたので、家の北側にあったクリの木も切り倒しました。電線にかかっていたので、あらかじめかかっていた枝をかなり落としてから伐採。おかげで電線を引っ掛けることなく倒せたのですが、倒してみたら予想以上に大きく道路いっぱいに倒れてしまい、しばらくは通行止め状態。幸い、クルマが来る前にどうにクルマが一台通れるだけのスペースは確保することができてホッとしました。

 そして一番苦戦したのは、このクリの大木。枝ぶりが複雑でどちらに倒れたがっているかわからないのです。そしてすぐ横には井戸小屋。そこまで井戸のポンプ用の電線が空中を飛んでいるのでした。まずは、猿ムスメを木の上に配備し、危なげな枝を落としてもらいます。

↑その後、先端にオモリのついたリード線を投げ、倒す木のできるだけ高い位置にある木の又にロープを掛けます。

↑そしてそのロープの端をジムニーに結びつけます。そして倒れだしたらジムニーを急加速でバックさせる、という作戦。滑車を使って方向変換させることができなかったので、クリの大木はジムニーに向かって倒れてくるわけで、ジムニーは下敷きにならないように逃げる必要もあります。

↑慎重に受け口を切り、ほぼ意図した方向に倒すことができたのですが、枝の一部が井戸小屋にかかってしまい、屋根の一部を小破。でもまあ、とりあえずは大成功でした。

↑栗の大木が倒れた後、林の中、その上空にはポッカリと青空があらわれたのでした。
■追記1■
今回も微妙なクリアランスでの伐採だったけど、でもこれにはかなわないなぁ。お急ぎの方は50秒あたりからどうぞ。素晴らしいです。

■追記2■

↑これは1975年の航空写真で、右端がサントリーの白州蒸留所。一見すると緑豊かな土地のようにも見えますが、蒸留所のある沢の奥の奥までよく見るとハゲ山(木がまだ育っていない山)なのでした。
昔の航空写真や古い地図は「このサイト」で見ることができます。
都市部は1963年頃からありますが、ほぼ1975年版であればほぼ全国の航空写真をみることができます。
地図が開いたら、右下の「+ボタン」で拡大して場所を大雑把に指定し、左上の「地図」のタブを開いて「昭和前記(5万)」や「写真1975」などを選ぶと、それに切り替わります。

虫食い月桂樹のこと。

 畑のコスモスが美しい季節……というか、これが畑?と言われてしまいそうな景観ですが。

 農作物も「足るを知る」。頑張って「たくさんは作らない」ということにしてやっているのですが、それでも、季節になるとありがたいことに食べきれないくらいの野菜ができてしまうことがあります。
 そうした野菜を、週末を中心に「道の駅」に出荷させてもらっています。完全無農薬、除草剤はもちろん、(ケチだから)化成肥料も使っていないという畑で採れた野菜たちを、それを「ウリ」にして売っているのですが、それでも葉っぱに虫食い痕があったりすると、売れ残ってしまうのでした。
「無農薬栽培」というのは「虫と共棲する」ということだから、「虫食いのあるものをいただく」というのが本来の姿であるとも思うんだけどねぇ。
 そのため、出荷する野菜は葉っぱを一枚一枚チェックし、虫食いのあるものは「ハネ出し」ます。完全無農薬の場合、虫食いのほうが多いからハネ出されるもの方が量が多くなってしまうのですが……。
 クリなどはその典型で、虫食いのない完品は5個に1個くらい。そのためクリシギゾウムシの幼虫が必ず入っていそうな栗(10日もすればたくさん出てきます)をウチでは食べています。どなたか食べてみたい、という人はいませんか?(食べ方はコチラ)。 
 いまの季節、ルッコラがとっても美味しいのですが、でもそれは虫にとっても同じで半分くらいはハネダシになってしまいます。そしてそれらをわが家でいただいています。ただ、ローリエなんかはそんなにたくさん使うものではないので、ハネダシた虫食い葉っぱは捨てていました。
 そんなわけで、ちょっとむなしい思いで、虫食い葉っぱの切り落としをしていたのですが、きょう試しに、虫食いのある葉っぱを集めて、袋にビッシリつめ、ワケあり品「虫食い有り」と書いて格安で出荷してみたのでした。

↑こんな感じ(クリックすると大きくなります)。
 そしたらそれが売れてしまったのです。ふた袋だからたった200円だけけれど。でも、なんだか妙にうれしいのでした。

電気代のかからない冷蔵庫

 ウチには実は、電気代のかからない冷蔵庫があります。

 なぜ電気代がかからないか? というと、中の機械、コンプレッサーが壊れているから。
「じゃ、冷蔵庫の機能しないじゃん!」という声が聞こえてきそうですね。
 たしかに冷蔵庫にはならないけれど、でも、冷蔵庫以上に食品を長く保管しておくことができたりします。ちょっと手間はかかるけど。


 じゃーん、中をあけるとこんな感じ。

 しっかり煮詰めたトマトソースやケチャップ、ブルーベリーやアンズ、ストロベリーなどの自家製ジャム類、土用の陽射しで乾燥させたキノコやハーブ類、乾燥させた果実をラムやスピリタスに漬け込んだドライフルーツのアルコール漬け、あるいは焼酎やスピリタスで抽出した梅やアンズのタネなどの果実酒などなどが、仕込まれているのでした。

 電気を自給して冷蔵庫を駆動させるのは難しいけれど、薪や太陽熱などの再生可能エネルギーを使って、食品を保存する、そんな抜け道もあります、といいうお話でした。

 日なたに停めた自動車は、とても優秀な乾燥機。ついうっかり切り干し大根やドクダミを干してしまい、その後の臭いに閉口させられた、なんて失敗もあるけど、逆にアンズや月桂樹なら、天然の芳香剤になったりもします。

 畑からの収穫物がほとんどなくなってしまう冬に向け、暖かい季節のうちに、少しずつだけど、ストックを増やしていきます。

低所得DQN4人自営知足体制?


朝、少し早起きして、家族でブルーベリーを収穫しています。
このあたりは観光地でもあるので、夏休み中は人がたくさん来るので道の駅に出荷。
自家用ブルーベリーなので、実のなり方がまばらでかなり手間はかかります。



10パック売れたとしても、2000円ちょっと。
道の駅の取り分もあるし、パック代などもかかるので、
時給に換算すると500円を切ってしまうのですが、、
田舎暮らしだと家賃や駐車場代、それにウチの場合だと、
食料や車の燃料代もほとんどかからないから、
結構これが貴重な収入源だったりします。


田舎で、農業でもやって、のんびり暮らしてみたい、
という人がときどきいらっしゃいますが、
「のんびり」は気の持ちようでどうにかなったとしても、
農業のことを「農業でも」と考えている人がいたとしたら、
それはちょっと苦労するかもしれません。、
良心的な農業で食べていくのは、かなり難しいことのように思います。

企業が行う大規模農業のように利益や効率を最優先し、
農薬や除草剤、それに電気や化石燃料をふんだんに使う農業であれば、
利益を出すことも可能かもしれません。
でも、これからもそんなことをやっていたら、
近い将来、大きなしっぺ返しがありそうに思えます。
蜂群崩壊症候群を始め、すでに生態系のバランスが崩れはじめていることによる、
影響はかなり出てきてしまっています。
数億年という気が遠くなるほどの時間をかけて蓄積した化石燃料を、
地下から掘り出し、それを数100年という短い時間で使ってしまって、
それでもこれまで通りの地球環境を保つことができる、とはとても思えません。




農作物を販売し、それだけで暮らしていく、
というのはかなり大変です。
でも、月3万円ビジネスをいくつかやりながら、
ビンボー臭く暮らしていく、というのはありじゃないかなぁ。
秘けつがあるとすればそれは、
お金を使わない暮らし(自分でつくる暮らし)を「楽しむ」
ということのように思います。

朝、早く起きてのブルーベリー摘みは、手間仕事ですが、
朝の光と鳥たちのさえずりの中、家族で話をしながら作業ができる、
というのは、とても幸せな時間、だったりもします。


 ところで、
資本主義で勝ち残るための家庭システム」というサイト、
かなり乱暴な感じで書かれているけど、最後のツイートを読むと、それももしかしたら意図的だったのでは? と思えるくらい、ストンと落としてくれています。結構、真理をついてると思うんだよなぁ。
 ちなみにわが家では、道の駅への出荷は、80歳の母が中心にやってくれていて、孫はもちろん、親子三代、低所得DQN4人体制でどうにかまわしています。そんなにお金を稼がないでも暮らしていける体制、ということでは、娘が授業料の高い日本の大学に行かずに、生活費や授業料の安い途上国へ、語学&料理留学(1日6時間のマンツーマン授業の授業料、宿泊費、食費代込で1か月10万円でした)、あるいは、日本ではワークショップのお手伝いやインターンなどで学び続ける、という選択をしてくれたのが大きかったように思います。


以下、上記サイトからの抜粋
『もうそろそろハッキリさせておくべきだけど「一生懸命勉強して良い会社に就職する」というのは個人の幸せに何も寄与していない。ただただ家庭を犠牲に企業を強化するだけで、この生き方は個々人を幸せにしない。この生き方を提唱する事も、この生き方を選ぶ事も、何もかも間違っているわけ』

土用干し

 暑い日が続いています。みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
ここ白州も、太陽が燦々(さんさん)とふりそそぎ、昼間は家の中だというのに30度Cオーバーなんてこともあったり。例年にない暑さに閉口、じゃなかった、堪能しています。
 おかげで、真空管式太陽熱温水器は連日、熱湯に近いお湯を作ってくれていて、お風呂の給湯温度の設定を39度にしておいても、薄めないとそのままではお風呂に入れないというくらい熱いお風呂を供給してくれています。ボイラー付帯のサーモ水栓で井戸水を混合しているはずなのですが、どうもそれでは間に合わないようです。
 夏はボイラーの燃料に天ぷら廃油が併用できるのですが、残念ながらこのところはボイラーが稼働する日はほとんどないのでした。
 で、せっかくのこの暑さ、太陽熱温水器で使うだけではモッタイナイ、ということで、いろいろやっています。野草を干したり、キノコを干したり(今年はジャパニーズ・ボルチーニであるヤマドリタケモドキが豊作なのでした)、この期を逃すまいといろいろ干しています。

↑ こちらは定番、梅干しの土用干し。

↑ 7月に収穫した麦は、この時期の強い太陽光を使って、しっかり干します。ここでしっかり干せるかどうかで、虫による食害率や保存性に大きな違いが出るのでした。でもきょうは、昼間に突然の通り雨がやってきて、ちょっと濡らしてしまった……。

 そして田んぼも土用干し。

↑ この時期、水を抜いて表面を乾燥させると、土に酸素が入ると同時に、地中の水を求めて根がしっかりはるので、台風などによる倒伏を予防できる、などと言われています。
 今回は機械植えで2〜3本植えだったのですが、多いもので16〜18本前後、少ないものでも10本前後には分けつしてくれています。

↑ 一部だけど、花も咲き始めました。

↑ 花が咲き始めたので、きょうで土用干しもおしまい。ぬるみを通して水を入れます(この地域は水が冷たいので田んぼの周囲に水路をまわし、用水からの水を太陽熱で暖めてから田に入れています)。ぬるみの左右に植えた畦豆(大豆)も白い花を咲かせ始めました。

↑ この田んぼで育った稲わらを切りわらにして入れているくらいで、ここ数年この田んぼは、ほぼ無肥料。冬も田んぼに水を張っておく冬期湛水田ですが、田植えの前にトラクターで一度、代かきをしています。
 家族が一年間食べる分が収穫できればそれで十分、とりすぎれば、来年肥料が切れてつらくなる、と自分に言い聞かせながらも、ついつい欲張って土用干しを試してみたり……。「足るを知る」さらには「テキトーでいい加減」は案外難しかったりするのでした。


追伸:小麦を乾燥機で乾燥させる場合の温度は55度から60度(ビール麦は45度以下)とのことで、天日乾燥による土用干しはどのくらい温度が上がるのか? 試しに放射温度計で測ってみたら、なんと60度オーバー、高い時には62度くらいになっていました(色が黒いライ麦はもっと温度が上がっているかも?) でも、広島のお年寄りが「米と違って麦は乾燥させ過ぎは絶対ない天日干しなら」とおっしゃっているとのこと。ちょっと安心。

薪の積み重なる音が雑木林の中に響く季節

「コツン、コトン、ゴツン……」。新緑の雑木林の中に、薪を積み重ねるときの音が響いています。

 それに合わせるようにして、ウグイスが鳴いたり、アカゲラがドラムを連打したり……。至福の時間。でも、本当は、いま頃、薪仕事をやっているようではまずいんだけどね。なぜだか、今年は遅れ気味。あ、今年も、か。
 突然やってきたシカの影響も多少はあるとは思うのだけれど、根がのろまだからなぁ、相変わらず季節に追われるようにして毎日を過ごしています。
 この薪小屋は4列積み。奥に潜って積むのは大変なので、こうして外から放り投げるわけです。これが不思議なもので、数を重ねるうちに、だんだん狙ったところにぴったりと収まるようになってくるのでした。

 でもまだ、空の薪入れもたくさんあります。これはジョンディアの乗用草刈機を輸入したときの梱包枠を使った薪入れ。フォークを刺す穴があるので、ここにフォークを刺してランドメイト(前がブル、後ろがユンボというマルチローダーでバケットにホークリフト用の爪をつけることができてホークリフトとしても使えるという多機能重機なのでした)で運ぶことのできる可動式薪入れになる予定だったのですが、ランドメイトの飼育に失敗し(使おうと思うたびに壊れていた)、友達に引き取ってもらったのでした。

 とはいえ、畑にある薪棚はどうにか満杯に。

 味噌と醤油の仕込みもこの時期にずれ込んでしまい、それに田んぼの作業も待ったなしでやってくるので、てんやわんや(死語ですね)の季節を過ごしています。

 しかしやっぱりこの時期に醤油麹を育てるのは避けるべき、ということを学習させられました。醤油麹は、米麹よりも温度管理がシビアでしかも時間がかかります。30度以上になると納豆菌が活動を始めるのでそれ以上にならないように管理するのですが、気温が高いので夜中も2時間もたつと温度が上がり手入れが必要になってしまうのでした。

↑白い棒状のものは、温度計のセンサー。この温度計がまた優秀で、無線で電波を飛ばし、枕元のディスプレイに常時品温を表示してくれるのでした。おかげで、温度管理はしっかりできたけど、しっかり寝不足。
 そしてその温度計は、モミの催芽にも活躍。積算温度100度の流水に一週間付けた後、お風呂の残り湯を使って30〜32度で24時間管理。モミの外れた玄米まで、気持よく催芽してくれました。

 播種が終って出芽までは、発泡材と銀紙、それにふとんを使ってアスファルトの予熱をどうにかとじこめて乗り切る予定。今晩も枕元に、種モミの温度が反映されていまるのでした。知らなければ知らないでどうにかなるのだけれど、はたして便利なものがいいのかどうか?

 麹、催芽、出芽と、こう毎日のように温度管理に追われていると、太陽熱温水器で作った温水をサーモスタットバルブで制御する温度管理可能な小さな小屋が欲しくなったりもするのだけれど、あー、足るを知る、足るを知る。

春の雨

 都会では、あいにくの雨……、かもしれませんが、ここ八ヶ岳では恵みの雨。もしかしたらあと1回くらい雪が降ることがあるかもしれないけれども、今回の雨は明らかに春の雨、恵みの雨でした。
 キノコという秋を連想する人が多いと思うけど、実はシイタケの旬は春だったりします。ほかにもアミガサダケなど、春には春ならではの美味しいキノコがいくつかあります。

 この雨で肉厚な美味しいシイタケが傘を膨らませてくれました。さっそく、バターソテーでいただきました。
 カンゾウもちょうど食べごろのサイズに。

 群落の混みいったところから間引いていただきます。奥のボールはビニールトンネルの中でどうにか冬越ししたレタス各種。

 木の芽も(サンショの芽)も、いまが食べごろ。

 林床ではウコギがもう、芽をふくらませていました。徒長枝についた大きな芽はこの頃が一番美味しい時期だったりもします。

 整枝剪定を兼ね、枝ごと収穫してきて家の中で芽を外します。


 夕食には、春の恵みの数々を、ありがたくいただきました。雑木林の恵みに助けてもらい、自然に生かしてもらっていることを実感させられた春の宵でした。