ハート型の島のひとたちが伝えたかったこと


 上関町長選……敗れた山戸氏の弁。地元・祝島の事務所で明るい声で次のように話したと伝えられています。「これまで原発反対を言えなかった町民が、はっきり反対の声を上げてくれるようになった……」
 祝島で暮らすひとたちにはこの結果、おそらく予想できていたのでしょう……。選挙の前、候補者を立てるかどうか? それさえもが苦渋の選択だったといいます。
 いまさらながら、30年という時間の長さのことを思います。
30年間闘わなければならなかった、ということは、30年間変わらず(原発に)賛成し続けた勢力があるということでもあります。
 町の予算の4分の1が原発による交付金で、推進派が町長にならないとそれがなくなる…という事情はわかるけど、しかし、それでも福島のいまが正しく伝わっていたならば、少なくとも投票率が過去最低なんてことにはならなかったのではないかと思います。
 交付金にべったり依存させられた末に、その7年後、打ち切りを告げられ、5号機と6号機の建設を受け入れざるを得なくなり、さらにはその後、プルサーマルまで受け入れざるを得なかった福島第一発電所の現実。お金で買収できることが分かると、彼らはその地域のことを完全に見くだし、いいように札束でなぶってきます。こうした「交付金漬け誘致の恐ろしさ」を報道機関はもっとしっかり、正しく伝えるべきだったように思います。
 苦渋の選択の末、負ける可能性が高いと分かっていても候補者を立てて闘った祝島のひとたち……、彼ら彼女らが伝えたかったのは、祝島のこうした現実の姿だったのかもしれません。

↑この石垣、積み上げるのに、どれだけ膨大な時間がかかったのだろう……。