完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


混沌バケツとカオスの植木鉢

 サイゴンのよろず屋さんで1個30円で買った黒いバケツが気に入っています(ベトナム貧乏旅行の模様はコチラから)。異国の地のなんでもない日用品が気に入っていて、我が家のおみやげは、バケツだとかチリトリだとかホウキだとか……ブランド品と違ってお金がかからなくていいのですが、帰りの成田で荷物検査に会ったりすると少し恥ずかしかったりします。「黒いプラスチックのバケツっていうのは結構、珍しいんですよ!」などと聞かれもしないのに、検査官に向かって言い訳してみたり……。
 その黒いバケツに鉢植え用土として、崖の中腹の土(雑草のタネが少ない)と燻炭と生ゴミ堆肥を混ぜておいておいたら、生ゴミ堆肥からウリ科の植物が発芽してきました。最初はカボチャだろうと思っていたのですが、なんだか様子がちょっと違います。這われると邪魔なので、ヒモを架けたら、それにからんできました。

 その昔、生ゴミ堆肥から発芽した得体の知れないウリ科の植物を大切に育てていたら、煮ても生でも美味しくない「プリンスメロンカボチャ」ができてしまったことがありました。デモ今回は、うれしいことに(純粋な)キュウリでした。


↑そして、まだまだどんどん伸びそう……緑のカーテンになるだろうか?

↑一方、こちらは去年の秋、冬越し用に鉢あげしたタイヤの植木鉢。こちらの生ゴミからはトマトが生えてきて、ときどき美味しくいただいています。路地のトマトの収穫はまだまだ先だからありがたい。ナスタチウムオレガノ、タイム、雑草各種……、小さなカオスの植木鉢です。

 そしてきのう、やっと麦刈りを終えました。しかし今年の麦は壊滅的。バインダーをセットし、さあ、刈ろうと思って麦の列を見たら、ストローだけが空しく林立していたのでした。前日まではあったのに、穂だけが見事になくなっていたのでした。ひと晩違いでシカに穂刈りされてしまうなんてこともあるんですね。大損害……、でも、将来、美味しいお肉を大量にいただくための初期投資……と無理やり思い込むことにしました。