「PEACE」の旗

 きょう、たくさんの人が集まって、お別れの会がありました。ちょっとうらやましいくらいに素敵でカッコいいお別れの会でした。家に帰ってきてからも、いろいろなことを考えさせられる、悲しいはずのお別れの会なのになんとも素敵な会でした。
大好きな人でした。


 大学には行かないという選択をした娘にとって、最高の先生のひとりでした。東京の日仏会館であった「市民的不服従は民主主義に寛容か?」といういかにも面白そうなタイトルのシンポジウムに娘を連れて行ってくれたり、でもそのとき、ちょっとした勘違いからティエリー監督の映画を観ることができず、そしたら、その後、八ヶ岳に監督を呼んで上映会をやってくれたり……。


 田んぼを一緒にやっていた仲間でもありました。
「わたなべさん、ボクはねぇ、田植えをしていると、なぜかお尻が濡れちゃうんですよ、だからこれ買いました」と言って、渓流釣り用の胸まであるウエットパンツを履いて田植えをしていたりしました。「でも田植えしていると汗かくから、やっぱりこれ履いててもパンツまでびっしょりですね」と。


 ドイツでシュタイナーを学び、イスラムスーフィーにも造詣が深く、たくさんの放射線測定器を持って福島に、あるいは辺野古にも飛んでくれました。その人の講演に行くのにちょっと遅刻してしまい、クルマを飛ばしていたら、道すがらになぜかその人がいて「わたなべさん、道に迷ってしまったのだけれど、社会福祉会館ってどこですかねぇ?」って、もう講演開始時間は過ぎているのに……。


 どんなピンチのときでもいつも笑顔で失敗もときにチャンスに変えてしまうあのタフさ! とても真似はできないけれども、ピンチな時こそ日頃のヒトガラが出るんだなぁ、と実感。


 生前、教えてもらったことがたくさんあります。そして亡くなってからもこんなにいろいろ、強烈に教えてもらえるとは思いもしませんでした。僧侶、牧師、シスター、宗教の関係の方たちもいらしていたけれど、宗教色を廃し、しきたりや形式にとらわれず、それによって「ヒトの死」をしっかり見つめなおすことのできる見事なお別れの会でもありました。弱者に対してとても優しい視点を持った方だったけれど、そういう点では権力や盲目的な考えに対して、とても厳しい態度を示す方でもありました。


 きのうは庭のサクラ、きょうはルッコラを持って行きました。誰かが呼びかけたわけでもないのに、ご遺体の周囲は、みんなが持ち寄った野の花、畑の花がたくさん飾られ、形式的に行われた白装束の上に最後にそれを覆すかのように掛けられた色鮮やかな大きな「PEACE」の旗。
 久松さん、ありがとう。お別れの会、とても素敵だったけど、こんなに悲しい夜はありません。