完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


栗イガ燃料


 これまでも栗のイガを調理用の燃料として使っていたのですが、そのために栗のイガをドラム缶で一度蒸し焼きにして、消し炭をつくって、それを調理に使っていたのでした。

↑手前の一斗缶に入っているのがイガを炭に焼いたもの。

 ところが、栗のイガを拾い集めようと、屋根付き一輪車の波板屋根をとったら中から去年の栗のイガが出来てきたのでした。1年たってカラカラに乾燥したこのイガ、ひょっとしたらこのまま炭のようにオキとして使えたりしないだろうか? と思ったのがことの発端。

↑実際に使ってみたらこれが思いのほか、使い勝手がいいのでした。まず、火付がいい。イガのトゲの部分はスターターなしでも簡単に着火し、炎を上げて勢い良く燃えてくれます。とても火つきがよく、しかも高温で燃えてくれているようです。
 まずはストーブの中で、イガをピラミッド型に組み、下から火をつけ勢い良く炎を上げて全体を燃やします。その後、イガの針が燃えきったあたりで、イガを平らに均し、五徳をセットし、それ以降は薪ストーブの吸気口を絞った状態にして少しすると、いい感じのオキの状態になり、炎をあげることもなく、いい具合に燃えてくれます。
 ドラム缶を使ってイガを炭に焼いてもいいのだけれど、ドラム缶で作ったイガの炭よりも、こちらの方が火持ちも断然良かったりします。

↑きょうは一夜干しのサワラを焼いてみました。ふっくらと、そして吸入空気を絞った還元状態で焼くので、栗のイガのスモーク臭がいい感じで付いて、まさに絶品でした。やっぱり、秋もいいですねぇ。