完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


栗のイガ燃料

 相変わらず、毎日、栗を拾っています。無農薬なので、たいていの栗の実にすでにクリシギゾウムシの卵が産まれていて、そのため落ちてきたらできるだけ早めに拾って、茹で、幼虫による食害を食い止めようという作戦です。
 栗の実と一緒に、イガも拾います。新しく落ちた栗を見つけやすいようにというのと、犬の足の裏に栗のイガが刺さらないように実だけでなくイガも拾います(この時期、犬が足をつかなくなったら栗のイガを疑ってみてください)。
 今年は栗が豊作で、栗のイガも大量に溜まってしまっているのでした。現状で200リットルのドラム缶に2杯ほど貯まってしまいました。去年までは、これを焚き火にして燃やしていたのですが、なんだかモッタイナイので今年は、(乾燥させてから)薪ストーブの中で燃やしてみることにしました。

 しかもストーブの中で燃やしてみると、栗のイガはトゲの部分が着火材となり、パーッと火がつき、その後、火吹き竹で2〜3回吹いてあげると本体に着火し、いい感じの熾き(オキ)になるのです。

 これは良さそう、ということで、サバの文化干しを焼いてみることにしました。

 皮はパリパリ、中身はジューシー、いい感じで美味しく焼けました。
 ただし栗のイガのオキは、火持ちが木炭のようには良くないので、厚い魚を焼く場合、イガのオキは少し多めに必要です。場合によっては木炭と併用しても良さそう。これなら七輪で、焼き鳥を焼いても良さそうです。ポイントはイガをしっかり乾かすこと(さもないと煙が大量に発生しオキの持ちも悪いです)。栗のイガの始末に困っている方、ぜひお試しを。