完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


武器を作って、それを使わせることでなりたっている経済


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 世界には資本家と呼ばれる猛烈なお金持ちたちがいます。彼らはいまの「猛烈な金持ち」という状態から退くことを極度に恐れているようです。彼ら自身が独裁者と似たような側面を持っているので、いまの地位から退くことは、糾弾され攻撃されることにつながる、と思っているからです。
「(日本人は)じっくりと考える時間を奪うくらいに(子供の頃から)競争させる」、これがどうも彼らの日本人や韓国人に向けたやり方のようです。
 競争に勝って、偏差値の高い学校、大きな会社に入っても、もしかしたら武器を売る仕事をすることになるかもしれません。
「人を殺すための武器を作って売る」という行為は「矛盾」がかなり分かりやすい例なわけですが、大企業に入ったはいいけど、ちょっと考えると人道的に納得できないような仕事をさせられてしまう、ということは案外多く、しかし大企業(あるいは官庁)の中でも競争の原理は働いているので、そんなことも忘れるためにも成果をあげることに邁進する、という場合が多いようです。この問題は、人のいい人ほど深刻で、アメリカの資本家たちの植民地と化した、日本にウツの人が多いのは、奥底にはこんな原因があるのかもしれません。
 企業の利益のために原発を稼動させ、人を殺すための武器を作ってそれを使わせることで成り立っている経済……これを終わらせないことには、多くの人たちが幸せになることはないのではないか? フェイスブックに投稿されていた新聞記事を見て思ったのでした。しかしこうした記事が、朝日新聞では書けない、というのが残念無念。東京新聞同様、いい記事が多いのに……、旗の色が赤ではなく、緑になったらきっともっと、多くの人が読むのになぁ。