完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


ミサイル発射と幸せの経済学

 まるで再稼動への動きをカモフラージュするかのように延々と人工衛星(ミサイル?)のニュースばかりやっていて、4号機の燃料プールの冷却ができなくなっていたというのに原発関連のニュースをここまで無視されると、「日本政府がマネーゲームでの利益確保を担保にハリボテの花火を打ち上げてもらった…」という陰謀説がにわかに現実味を帯びてきます。北朝鮮の上層部は日本株の高頻度取引をしてるらしいから、大騒ぎをして変動幅が大きくなるほど儲かるというのはたぶん事実。
 いずれにしても、秒単位で売り買いする取引を高頻度で行うことで利益を確実に還元するマネーゲームが登場してしまった以上、労働者はいくら必死に働いても、お金はみんなそこで吸い上げられてしまうわけです(しかもマネーゲームで儲けている彼らは、コンピュータが金儲けだけをやっているだけで、何も生産的なことをしていないのです)。
 こうしてお金を吸い上げられないためには、大量生産、大量消費というシステムから脱却するほかありません。テレビは見ない、お金は極力使わない、というのが、これから時代の幸せな生き方のコツなのかもしれません。必要以上の金稼ぎに(生きている間の貴重な)時間を費やさない、というのが幸せの経済学の核心かも?


 まだ使えるのに捨てられてしまった農機具を譲り受け、それを使って小麦を育て、薪ストーブの余熱でパンを焼く、……そんなケチ臭い生活が、けっこう楽しくて美味しいかったりします。しかもお金もかからず楽しめるから、その分の金稼ぎに時間を奪われずにすみ、すると、その分の時間ができるので、それを使って自給的なこと、農的なことを楽しむと、生活に必要な出費はますます減って……幸せへのスパイラルはこうしてハマっていくのでした。

↑これは我が家の醗酵室。お風呂の残り湯の上に、発泡スチロールの箱を浮かべるだけの非電化タイプ。

↑分けていただいた無農薬のブドウ(右)や野生に生えているホップ(左)を使って酵母をおこせば、酵母もお金を出して買わなくても美味しいパンがいただけるのでした。