完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


森の中にポッカリと現れるエディブルガーデン

写真を探していたら、こんな写真を見つけてしまいました。
f:id:musikusanouen:20180726222116j:plain
直線的な畝を作らず、部分的に土を盛り起伏をつけ、道はS字を基本とした柔らかいカーブの連続。

f:id:musikusanouen:20180726215249j:plain
メインテナンス用の踏み石を兼ねて飛び石を配し、目地に苔を入れた延段のようなところもつくったりしていました。
目指していたのは「森のなかにポッカリと現れるエディブルガーデン」。

f:id:musikusanouen:20180726222200j:plain
⇧そう言えば、こんなものも作ったなぁ。電話がコードレスフォーンのところが時代を感じます。でも、それでも当時は便利でした。

f:id:musikusanouen:20180726222339j:plain
⇧廃アスファルトで作った延段。土極めで目地にはリッピアやタイム、オレガノなどを配しました。

f:id:musikusanouen:20180726222509j:plain
⇧傾斜地を利用したロックガーデン風。この頃は据えた石の「天」がしっかり出ていたんだなぁ。

f:id:musikusanouen:20180726222607j:plain
⇧圃場整備前で、周囲は森に囲まれていて、森を抜けるとポッカリと現れる秘密のひだまりガーデン、といった様相でした。ランドスケープデザインを仕事にしていた頃もあったのだけど、自分の庭だと好きなようにデザインできて嬉しかったなぁ。

一方いまは、畑7反、その他に、果樹園と林、それに田んぼがあって、農薬や除草剤を使わずに管理しているので、いつも時間に追われてしまっていて効率が最優先のような農的な暮らしになってしまっているけれど(知足からはほど遠い生活ですね)、(草刈りではなく草むしりで管理できるような)小さな畑だったらこんなやり方もオススメです。
ハーブ主体で起伏があり、パクチーの隣にキャベツが結球していたり、クリーピングタイムに縁取られてルバーブやサニーレタスが彩りを添えていたり。
でもまあ、この頃は農的とは別の手段でお金稼ぎをしていていまよりお金への依存度が高かったわけで、今の方がクルマの燃料や電気、暖房や給湯などエネルギーまで含めた自給率は高くなっていて、これはこれでこうした生活も楽しいからいいのだけれど。