完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


山里の花火大会

 きょうは隣町、小淵沢の花火大会でした。標高1000m弱の馬術競技付近から花火が打ち上げられます。
 標高の高い場所での花火大会は、雲が低いと花火が雲の中に入ってしまったりで、天気に恵まれないと音だけでなかなかその姿を見ることの出来ない貴重な花火大会なのでした。そして今年は、ガスが出ることもなく、風も少しあって花火の煙も適度に流れてくれる最高にクリアな花火大会でした。

写真は、我が家の洗濯物干場から撮影した小淵沢の花火。地元の造り酒屋「七賢」の生酒をいただきながら家族で楽しみました。
 ウチの標高(750m)からだと小淵沢の町の明かりが林に遮られ、真っ暗な中に花火だけが打ち上がるという、田舎の山里でしか見ることの出来ない見事な花火を観ることができるのでした。

打ち上げる数は少ないけれども見事な花火でした。
昔は、一発一発、その花火のスポンサー名と、花火の名称をアナウンスしてから打ち上げるというスタイルで、企業ではなく個人がスポンサーの場合もあって「鈴木家、長男誕生記念のスターマインです」なんていうアナウンスがあってからの打ち上げられたのでした。
はたしてその花火がうまくあがるか? なんだかその花火が鈴木家長男の将来を占うかのような気もして、みんなでドキドキしながら打ち上げを見守ったものでした。
小学校の近くで見ていたら(昔は小淵沢小学校が会場でした)、地元の方?に誘われて、ゴザを敷いた特等席で寝っ転がりながら見せていただいたなんてことも。その上、美味しいお酒までたっぷっりご馳走になり、いざ立ち上がろうと思ったらベロンベロンに酔っ払ってしまって立ち上がれない、なんてこともあったなぁ……。

今度、こんなにクリアな花火を見ることができるのは、はたしていつになることか? 珍しいから余計にきれいに見えたのかもしれないけれど、美しい花火だったなぁ。