完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


当たり前の幸せ。


 梅雨の晴れ間を見て、どうにか麦の脱穀を終え、いまは晴れると、玄麦を天日干しをしています。

 太陽の恵みはありがたい。直射日光を浴びている麦をさわると、ヤケドしそうなくらい熱くなっています。
 でも、このところは草もグングン伸び、人も太陽に焼かれながら、田んぼや畑の草取り&草刈りに追われています。
夕方、日がかげると、ホッ。

 シャワーを浴びて、もうすぐビール……と思い最後のひと頑張りをしていたら、家人から「ボイラーの調子が悪い」「エラーメッセージが出た」とのこと。
 夏はボイラーに天ぷら廃油を混ぜて使っています。やっぱりそれがいけなかったか? と、とりあえずボイラーの燃料フィルターを清掃。
それでいったんは直ったのだけれど少ししたら再びエラーメッセージがでてしまったのでした。
 しかもお湯だけではなく、水の出も悪いとのこと。
「また井戸枯れか?」と不安になりながら井戸を見に行ったら、ポンプが作動しておらず、圧力タンクが水で満杯の状態でした(タンク外観の結露の状態でどこまで水が入っているかが分かります)。
 タンクの下側バルブをあけ、エアを入れるためのプラグをはずし、圧力タンクに空気をいれてあげたら、どうにか復活。
「蛇口をひねると、そこから水が出る」という当たり前のことに、久しぶりに幸せを感じることができたのでした。多少、不便であっても普通の暮らしが当たり前のこととしてできること、そんな幸せな時間が、これからもいつまでも続きますように!


シリアの Before and After
こんなに美しい国だったのに……。