完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


イミディワン Imidiwan (仲間たちと国境)

 青い衣の砂漠の民として知られるトゥアレグ族のグループであるティナリウェン。トゥアレグは、イスラームだけれども、主に男性が顔を隠し、女性が顔を露出していたりもします。

↑この曲、イミディワン(Imidiwan)は「仲間・友達」の意味。
独特の音程とリズムで、砂漠の情景と共に、耳に残ります。ぜひ!
 また砂漠の民トゥアレグは、女系社会だったりもします。主にマリやアルジェリアニジェールなどに暮らしていて、人口は100万から350万人くらいではないかと言われています。

トゥアレグ族の分布域
「国」というのはいったい何なのだろう? そしてあの定規で引いたような国境にどんな意味があるのだろう? 「国」ってなに? 本当に必要なもの?

↑こちらは、Playing For Changeバージョン。