完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


たらーり、てろてろ、雪の中のお醤油搾りは至福の時間でした。


 臭いをお届けできないのがなんとも残念。周囲にはしんしんと雪が降りしきる中、ちょっと甘くて香ばしいお醤油のいい匂いがガレージに充満したのでした。

↑昨年春に仕込んだ大豆と小麦が、夏を越え、コウジカビによって醸され、「もろみ」に変身してくれていたのでした。

↑自作の搾り器持参で、搾ってくれたのは、天ぷら自動車仲間でもあるときさん。醸された豆と麦を、丈夫な袋に入れ搾り器にセットします。

↑これが絞り器の内部。袋の端が逃げてしまわないように、一部、桟木が追加されていたり、機能的な美しさがあります。

↑一緒に搾ったのは、地域通貨仲間の石川さん。同じ材料を半分ずつに分けてそれぞれに管理し、この日それらを持ち寄って搾ったのですが色も味もそれぞれに違う(それぞれに美味しい)お醤油ができたのでした。また、石川さんの本職は大工さん。ときさんの話を聞いて、ノミを片手に搾り機をさっと改造をしてくれたのでした。なんだかカッコ良かったなぁ。

↑たらーり、てろてろ、圧を掛ける前にフリーランで流れだしたお醤油。
 最終的にはトラック用の油圧ジャッキで袋に圧をかけて搾るのですが、圧をかけていない最初の頃と圧をかけ始めた中頃、それにすこ〜しずつながらもなかなかチョロチョロ止まらない最後の方のお醤油と、それぞれに味が異なるのです。

↑濁りの少ない真ん中あたりを火入する前に生醤油としてヒシャクで受け、それをビンに移し、釜揚げうどんの上に生姜とともにチョロっとかけていただきました。
 1年に1回、お醤油搾りの日は、幸せな香りの中で、友とゆっくり語りあえる至福の冬の1日なのでした。ときさん、石川さん、ありがとうございました。