完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


「お餅をついて」……新年を迎える準備をしました。

 かつて、地域通貨の仲間が「ルン」というフリースクールをやっていました。自動車や機械のメインテナンスを知ってもらうという授業があって、ちょこっとだけ参加させてもらっていたりしました。そのときの生徒だった耕作さんが、この年末、八ヶ岳に戻ってきて餅つきの会に参加してくれたのでした。
 そして……「わたなべさん代わりましょう」と言って、ウチのお餅をついてくれたのでした。今年、80歳の大台にのるオフクロがモチを返します。
 耕作! ありがとう。

 耕作にかぎらず若い人たちが、気をまわし、機転を効かせて働いてくれている姿をみたら、なんだか涙が出そうなくらいにうれしくなってしまったのでした。
 Facebookの友達たちの投稿をみたら、全国津々浦々で餅つきが行われ、しかもその多くが自分で育てたもち米だったり、中には自分で作った杵(きね)と臼(うす)なんていう人もいて……「幸せな暮らし」というのは、こういう瞬間の積み重ねなのかもしれませんね。

↑こちらは菊池さんご夫婦。夫婦そろっての陶芸家。練りも返しも、さすがです完璧。ついたモチを形にするのもやっぱりアーティストなのでした。

 会場の石川さんの家がまた素晴らしいのでした。セイロは「買うもの」という固定観念にいつしか縛られていたのでした。石川さんの家で初めて手作りのセイロをみたとき、セイロは「丸いもの」と思ってしまっていたことに愕然とさせられたのでした。
 しかも今年のセイロは、釘などのカナモノを一切使っていない手作りのニューバージョンなのでした。

↑石川さんの家にさり気なく置かれていた足踏み脱穀機。これも市販品ではなく、石川さんの手づくりなのです。製品があることを知ってしまうと、ついついそれにとらわれてしまうことを反省。

↑こちらは、廃品の時計型ストーブを使った燻煙器(製作途上だそうです)。

↑その横には使い勝手のよさそうな石窯もありました。

↑こちらは、とてもシンプルなロケットストーブ。鉄筋メッシュの切れ端が
スタンドと五徳を兼ねています。
「持ちよりご飯」の忘年会も、素晴らしい料理の数々。入れ替わり立ち代わり、美味しい料理と珍しいお酒がやってきます。ヨーロッパでは作れなくなってしまったというカルメネールというぶどうのワイン、初めて頂きました。美味しかった! 

 そしてこれは畑の網にかかってしまったという鹿の(足の)燻製。

©写真:有紀さん
 こちらは、送られてきた新巻き鮭を使って作ってみました、というサケの押し寿司。お米も、そして素敵な器も自家製、なのでした。
 今年も素晴らしい1年でした。
 来年もまた、みなさん、地給知足的な幸せな暮らしを、楽しみましょう!