完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


なにやっテンダー、楽しそうにぃ……♪

原発ないと江戸時代に戻ってしまうぞ! それでもいいのか!」
なーんて言われると、
「現代の技術で対処すれば、原発なんかなくても江戸時代になんか戻らなくてもやっていけるんですよ」ってついつい言い返してしまうけど、
本心、心の底では、「みんなが江戸時代みたいな暮らし方をするようになったら、子供の目とか(途上国の子供たちのように)キラキラ光り輝いちゃうだろうになぁ」、なんて、思っています。
楽しいのにね、ちょっと不便な生活。

↑テーラーを運転してみると、トラクターが「なんて運転しやすい乗り物なんだ!」ってこと実感させられます。オンボロJeepが、リムジンに思えてしまったり。
 でも運転しててテーラーが、一番楽しいかも? 行く手に急カーブがあると心の準備が必要だし、バックに失敗しては崖から落ちそうになるし、両手でクラッチを握ってしまった時には「足でシフトレーバーを操作するんです」って小口さんから教えてもらった時には、親子で「なるほど!」と手を鳴らしてしまったのでした。


そのあたり、テンダーも、どうも、似ているみたいだね。
「不便」と「不幸」とは違う!
いいなぁ、その考え方。


転載の転載だけど、クリックしたら読めるだろうか?

そう言えば最近、こんなサイトも見つけました。
「システムから脱却した仙人生活の始め方」

地方自治体による水の供給、下水サービス、天然ガス、電気やその他の公共事業に頼らない生き方」のことを、オフグリッドな暮らしっていうんですね! 
 そうした暮らし方、かつては、かなり大変だろうなぁ、と思っていたけど、実際にやってみたら……。

 壊れてしまった井戸は、ネットで探した格安のポンプで復活できたし、下水は、浄化槽、それにコンポストトイレもあるし、燃料となる薪やモミガラは、タダでいただけるし、それに田舎暮らしの必需品である自動車の燃料は天ぷら廃油でまかなえるし、レストランやホテルなどの油田がタダで廃油を供給してくれます。

 あるいは、新しく建ててもらった親の家の屋根に太陽光パネルを貼ったら、ウチの分を含めて2軒分以上の電気を発電してくれるようになったし、自分で組み立てる真空管タイプの太陽熱温水器は冬でもお湯を供給してくれます。
 ありがたことに文明はどんどん進化していて、そのオコボレを上手に使わせてもらえば、かなり快適に「システムから脱落した生活を遊ぶ暮らし」が楽しめます。ということで、声を大にして言いたいのは、「不便」は「不幸」じゃないよ、ってことかなぁ。