完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


どうしての報道されないの?

 想像力の欠如? こんなことをしたら、その下でどんなことが起きてしまっているか? そして、こんなことをしても暴力の連鎖と憎しみを生むだけで何の解決にもならないということ、通常の思考回路をもった人なら気が付かないわけないよね。どうしてこんなことができるのだろうか?

写真はThe National World on July 8, 2014より。

 JVC(日本国際ボランティアセンター)のブログで、NGOの職員の方が、以下のように表明しています。

 万一自分がガザ地区でどこの誰とも分からない集団に誘拐されたら、助けて欲しいと心の底から願いながらも、遺書には「自衛隊だけは派遣しないでください。ガザの人々も、日本の人々も、傷つけるようなことはしないでください」と書くしか方法はないと思っています。でも、私の遺書は、憲法ではないですから、内閣の決定を覆す力はありません。時の政権が、「お、NGO職員が誘拐されたか。ちょうど派兵したいと思っていたし、米国とイスラエルからの要請もあることだし、派兵の方向で進めるか」と決めれば、それで終わりです(欧米のNGOと違ってこれまで中立的な立場で活動することができた日本のNGOは、イスラム世界を敵にしてしまうことになる……)。

 いまの日本政府は日本の国民の安全なんて、これっぽっちも考えていない……ということではこの表明も衝撃的だけれども、実はもっとセンセーショナルな表明を、日本の首相である安倍晋三が昨年の7月にしています。

 上の映像(の最初のあたり)をご覧いただければ分かるのですが、安部首相は、記者クラブ主催の党首討論の中で発言。
 憲法による拘束を解釈の仕方で変えるということだけでなく、「憲法が国家権力を縛る必要があったのは王政の時代であって、民主主義の時代にあっては必ずしもその必要はない……」と、発言しています(彼は王政の時代に憲法があったと思っているらしい)。
 日本の現首相が、民主主義の国の場合は国家権力は憲法に縛られる必要は必ずしもない、と発言しているのです。
 しかも記者クラブ主催の討論会でですよ! なんでこれ、もっと大々的に報道されなかったの?