「原子力と薪」 ……アジトのおんどる 


 パイプハウスの土間に穴が掘られています。薪の焚口があり、そしてその先に板の間があり、オンドルになっています。これは韓国のアジト。ゴリ原発の電気をソウルに送るための鉄塔建設に反対する人たちが築いたバリケードに併設されたパイプハウスの室内です。
311から3年目となるこの日、オンドルのあるアジトでは、多くの支援者が暖かな床の上に集まってきたのでした。

 舞踏家Jun Amantは3年目の311を韓国・プサンの反原発アピールのステージの上で迎えていました。「韓国で最も危険と言わているゴリ原発を止め、福島の忘れるな!」プサンでも、そしてソウルでも3年目のこの日、反原発集会が行われていました。

 放射能には県境はもちろん、国境もないのです。考えようによっては福島は、運が良かった。放射性物質の多くは偏西風の影響で太平洋に流れました。仮にゴリでなにか起こってしまうと、福島と同様に、放射性物質の多くは偏西風の影響で西に流れます。福島のような深刻な事故が起これば、西日本の広い地域が人の住めない地域になってしまう可能性があります。

以下はJunさんからのレポートの転載。

 釜山でのデモの後、僕は、その夜、ミリャン(蜜陽)に向かった。
ここは韓国で最も危険なゴリ原発の電気をソウルに送るための送電線建築予定地。
地元の反対を押し切って韓国電力が建築を進めており、それを阻止するお年寄りを中心にした反対派は9年もここに立てこもっている。
僕は特別に、山の中のバリケードの中に入らせてもらった。
塹壕と有刺鉄線に守られた見張小屋は、食料や薪の備蓄、地面を掘ったオンドルなどちょっとした秘密基地だ。
この日は、山から取ったタンポポや、チェジュの活動家からの差し入れがあり、疲れきっている人々をはげまそうと沢山の支援者が集まっていた。
山の食卓は豊かで、これが人々を支えているのだろう。
毎日泣いて暮らしているハルモニ(おばあちゃん)と、地元の方、支援する活動家、労働党、労働者階級政党推進委員会の方々と直接会って共に語り明かせた。
貴重な体験をさせてもらった。

ここ数年で命をかけて鉄塔建築に反対したお年寄りが2名自殺されてしまい韓国の人々もこの問題を知る事になり現在大問題になっている。
日本と同じで、全国の反対の声とは裏腹に、地元では町は賛成派と反対派に村は、二つに割れている、理由は、お察しの通りだ。
山を守ろうとする人と、町が発展するならという人で町のコミュニティ自体が壊れてしまっている。
最近では鉄塔建築に組織的に立ち向かうお年寄り達に対抗して、韓電はヘリコプターで資材を運び込み建築を進めているという。
6月5日のこの地区での選挙の時期、支援者が町に集まらねばならない時に一気に韓電が入って来て工事を進められるのではという予想がされている。
これからどう戦っていくかという議論は、ぶつかり合い、白熱し、深夜まで続いた。
この日、僕はアジトに泊めてもらう事にした。
地面を掘って作った昔ながらの薪をつかうオンドルは、厳寒の山中でもとても暖かく夜を過ごせた。
次の日の朝、僕はアジトを後にしたのだか、一晩でとても仲良くなった人々が、いつ終わるともしれない戦いを続けているのに僕は山を後にしなければならない…
ハルモニを置いて下山する自分が許せない気持ちになった。
普通の人が森を守り普通に暮らしたいだけなのに…
何故こんなにこの人達は、苦労しなければならないのだろう…
そして僕らは何が出来るのだろう?
別れ際に、僕は、この経験を、体にしみ込ませるべく、ずっとハルモニの手を握っていた。
するとハルモニは言った
「貴方のお母さんはとてもいい人だねぇ…」

バリケードの夜(写真はアマントJUNさんのFBから転載させていただきました)。


 そしてこれと同じ日、福島・糸島では、韓国からキム・ユンチルさんがいらして、韓国の伝統文化であるオンドルの作り方を教えてくれるワークショップが行われています。
 また、台湾の各地でも反核のデモが行われたとのことです。今年の台湾は今の時期としては異例なくらいに寒くてしかも台北は豪雨だったとのことですが、それでもなんとなんと、12万人もの人たちが声をあげるために集まってきた……とのこと。福島から台湾に避難されているほっぺこちゃんからメッセージが届きました。
 3年目の311は、国という垣根を超えて、人々の思いがさまざまに交錯した日でもありました。