韓国のワンジュで行われた自作ストーブのイベント「私はストーブだ!」に行ってきました。情熱ほとばしる熱い6日間でまだ体と頭がポカポカしています。
見てください。この林立する煙突の数々。こんなに乱暴に横引きしても、みんな性能がいいからちゃんとに煙を引いてくれるのです。
一緒に行った仲間がまた素晴らしくて、(わがままで団体行動が苦手な私が)グループ旅行でこんなに楽しかったのは久しぶりかも?
夜、酒を飲みながら、そして移動中のクルマの中でも、ストーブのこと、自給的な暮らしのこと、農や食べもののこと、民族と国境のこと、それにヒトとしての生き方の話、盛り上がりました。違うことをそれぞれ認め合うという(韓国の人たちを含めた)みんなの考え方がそれぞれにあって、それが本当に素晴らしかった!
前半は自作ストーブのイベントに参加させていただきました。イベントを見学させていただくと共に、日本における適正技術事情の講演(というか私の場合は我が家の貧乏生活の紹介)をさせていただきました。
↑自作ストーブのイベントだからてっきりアウトドア、だと思っていたら、なんと熱気むんむんの室内で、みんな顔を赤くし、汗を流しながら自分のストーブがいかに素晴らしいか?力説していました。
↑この造形のセンスと技術、スゴイでしょ! しかも長い薪を入れられる機能的な面でも優れていたりします。顔の部分がパッカリ開いて、ロケットストーブのような感じでそこから薪をいれることができるのです。詳しくはコチラ。
↑主催者であり自然エネルギーストーブの第一人者でもあるキム・ソン・ウォンさんによる現在の韓国自作ストーブに関する基調講演。
韓国・自作ストーブ業界では、ロケットストーブがダウンドラフトストーブに発展し、いまはそれをさらに進めたベースバーニングというシステムが注目されそちらに移行しつつあるようです。
ロケットストーブや二次燃焼、三次燃焼のシステムでは、燃焼効率をいかによくするかが問われていたのだけれども、ベース・バーニングでは燃焼時間をいかに稼ぐかに着目しています。
つまりは熱交換の効率は燃焼時間に比例するという発想のようでした。1本の薪をできるだけ時間をかけて燃やす、ということがベースバーニングの根底にある、ように思われます。自動車でたとえると、ターボを追加していたりしていたパワー競争の時代が終わり、燃費を競う時代に移ったというような感覚でしょうか?
↑韓国のオモニ(おばさん)がほぼひとりで作ったという家。壁はアースバッグ工法で中には画期的なロケットストーブ、シンプルなコンポストトイレなどがあります。
↑食事も毎回、素晴らしかった! 写真はめんたい(タラ?)の頭を干したものを大量に使ってとった出汁の味のしっかり効いた素麺。
そして後半、韓国各地にオンドルの先生を訪ね、その周辺技術と共に見学させていただきました。オンドル、素晴らしい!!! もうすっかり、オンドルのとりこです。オンドルのために小さな小屋を一棟建てたい、と思うくらい。
日本でも古民家を改装して住む人が増えているけど、今回の旅を通して、そうした人たちのための最高の暖房が、オンドルではないか?と感じました。
↑昔からの庶民の家(長屋スタイル)。この家にもオンドルがあります。
↑そしてこちらが上の家のオンドルの焚口。かまどにもなっていてるのです。オンドルは料理で使った煙をさらにその先で暖房に使うというコジェネでもあったのです。
韓国の伝統建築も基礎は「束」を使った独立基礎が基本で、もしあとからのリフォームでオンドルを追加する場合、そうした独立基礎の家(つまり日本の古民家)の方が、オンドルには適している、とのことでした。
そしてオンドルの一番のポイントはケジャリという構造体のようでした。ベンチュリーやダウンドラフト、それにスワールを使うことで排煙を自由にコントロールするための構造体がケジャリのようでした。このあたりのことも順を追って紹介させていただきたいと思っています(紙媒体でも、今回の旅のこと、紹介させてくれるところないかなぁ……)。
↑こちらは伝統工法に基づいた家。独立基礎だけど、それぞれの部屋にオンドルがあって、使う部屋だけオンドルを焚くことのできる構造になっています。しかも抜群の燃費で、朝3本薪を入れただけで翌朝まで暖かい、とのこと。
↑帰り際、訪ねることができたソウル市内のヨンドゥンポというシジャン(ローカルマーケット)。観光客がほとんどいないマーケットでしたが、ここも面白かったし、言葉の通じない我々にみんなが優しくしてくれました。
いやぁ、本当に素晴らしい旅でした。6日間も家をあけてしまったので、いまはちょっと雑事に追われてしまっているけど、それがひと段落したらいろいろ紹介させていただこうと思っています。
帰国間際、空港のレストランがあまりにも高いので、地下鉄で近くのローカルマーケットまで行き、ハルモニがやっている小さなお店でチゲ鍋をいただきました。かつてとても嫌な思いをしたはずの韓国のお年寄りが、言葉の分からない我々のことをとても暖かく笑顔で迎えてくれました。
そして帰国してみたら、あろうことかとんでもない法案が通ってしまっていたわけだけど、紛争や戦争を想定して「国家の秘密を守る必要がある」なんて言っている人たちのことがなんだかとても悲しく、哀れに思えました。
「原発」にしてもそうだし「国境」にしてもそう。誰のためになぜ、こんなものが必要なのでしょう? それらがなくなれば根本的に、そうしたことの心配や事故や紛争に備えること自体が必要なくなるわけです。韓国の人たちが嫌っているのは、日本に住む人たちのことではなくて、現在の日本政府のことだということもよく分かりました。そしていま一番大切なのは、市民レベルでお互いの気持ちをかよわせることではないか?ということを強く感じた旅でもありました。
韓国「私はストーブ!」の旅②につづきます。