完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


ぐうたら農の真髄、コボシダネ農法?

 基礎工事で使ったコンクリートの余り、「残コン」を使って作ったコンクリートの堆肥場、ちょっと切り崩すと湯気が出るほど温度もあがり、なかなかいい感じで発酵してくれています。完成したのはまだ一箇所だけですが……。

 で、この堆肥場を作るとき、この場所に元々あった堆肥を未熟な状態で、麦を蒔く予定の畑に撒いたのでした。
 そしたらいまはその畑がこんな感じ。

 雨が降って一気に成長したのでした。奥の奥の山までこれ全部カボチャ。カボチャのタネなんて蒔いた覚えがないのに、いつの間にか広大なカボチャ畑が出現したのでした。生ゴミ堆肥は偉大です! しかも、株によってカボチャの形が違っていろいろなのです。果たしてジョウビタキがやってくるまでに(麦のタネ蒔きの指標なのです)熟すことができるのか? もしうまく収穫できたら、並べて写真を撮ろうと思います。