完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


あの丸いテールランプが、灯った。

 首の据わっていない赤ん坊を激しく雨漏りのする(1963年製の)スポーツカーに乗せて連れまわすのはあまりに可愛そう……ということで手に入れたのが、屋根があって、ドアも4枚もついているこのクルマでした。
 ということでこのクルマを手に入れ修理をはじめてから、もうかれこれ20年以上の月日がたってしまいました。底の抜けていた床をFRPで作り直したり、墓石の上にコンパウンドを敷いて面研したり、ハンドドリルの先に砥石をつけ何日もかけてボーリングをしたり、鉄板の溶接を行うのに溶接機から作り始めたり……。
 今回も三歩進んで十歩さがる、というくらいの大きなトラブルが発覚し、まだまだ問題山積みではあるのだけれど……数日前、山里の静かな夕暮れにポワンと、あの丸いテールランプが灯りました。

 でもまた、ミッション降ろすことになりそう……、クラッチが切れなくなったみたいで、ギアを入れようとすると静かな夕暮れにガリガリガリという音が響きます。クラッチペダルを踏み込むとかなり大きな摺動音。レリーズベアリングがいってしまったのでだろうか? あー。