完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


ぐうたら農法とぐうたら村

「わたなべ家の農法はなんですか?」と聞かれて、思いつきで「ぐうたら農です」と答えたことがありました。草ぼうぼうであることが多いので、一見、自然農のようにも見えますが、サラダを使ってウネの部分は耕すし、そこに鶏糞や人糞や犬のウンチなどを入れて作った堆肥をすきこんでいるので無肥料栽培ではありません。
 基本的には刈り草マルチですが、除草シートと呼ばれる丈夫な遮光シートが合って、それに穴を開けてそこに苗を植えたりもしています(ビニールマルチと違って使い捨てではなく、10年以上も酷使していますが、まだ使えています)。完全無農薬ではあるけれど、セシウムを吸着させないために化学肥料のカリウムは311以降、少し使っています。
 最小限の作業内容で、その割にはまあまあどうにか収穫がある、というのが我が家の農法で、それ以降、ぐうたら農などと呼んでいました。

 そんなある日、「ぐうたら村にいらっしゃいませんか?」とのお誘いが建築工房「藁」の杉山さんからありました。ぐうたら、という言葉の響きにもひかれお訪ねさせていただきました。それがまたなんとも素敵な空間だったのでした。あ、でもみんな、結構、てきぱきと働いていて、我が家ほど「ぐうたら」ではなかったのですが……。

↑まず目を引いたのは、チューブ一体型のアースバックハウス。外国にはあるけれど、日本にはないといわれていたどうのう袋の切り刻む前のものを特注でお願いすることができるようになったとのこと。これなら剛性の上でも有利で、バラ線だけで鉄筋を打ち込まずにいけそうです、とのことでした。この小屋はトイレになるらしい。

↑端材を使って作られたいい感じのタコ棒。ちょっとだけ叩かせてもらいましたが、中の土が細かい感じでかなりしまった感じでした。セメントが少し入っていることもあってか、時間のたった下の方はかなり硬い感じでしまっていました。

↑こちらはマンガ小屋。小屋の中にはたくさんのマンガが収納されていてこどもたちが思い思いの格好でマンガを読むことができます。この建物、扉がないことも特長のひとつ。壁の足場を頼りに窓からよじ登ります。

↑こちらは石積みのワークショップの現場。昨日は素晴らしい石積みの家を自作されている根岸さんがいらして、ワークショップを行ってくれたとのことでした。私もいろいろ教えていただきたかった……。
 石積みの手前には版築の壁が立ち上がり、屋根が載って外台所のようなスペースができるようです。これもなんだかとても楽しみです。

↑伐採した木の枝先まで無駄にしない……こうした心遣いが形になると、とても美しい。

↑現場での作業着姿がいつもオシャレでカッコイイ(←これ、大切なことかも?)建築工房「藁」の杉山さん。ありがとうございました!