完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


スローライフ、忙し症候群の対処法

 4月の満月までに、木々の移植を終える予定だったのに、ユンボがトラぶったり、ジープの車検でハブのダストブーツが破れているのをうっかり忘れていたり……、軽トラもセレナもまだスタッドレスからタイヤ交換できていないし、圃場の周囲の柵も作り直さないと毎晩のようにイノシシがいらっしゃって……このままだと今年のジャガイモは絶望的だし(陽光催芽させたのにタネイモをかなりやられました)、季節の農作業もいろいろ迫っているし、薪小屋もまだ半分くらいしか埋まってないし、外台所の整地もそろそろ始めないと水道工事に間に合わないし……。それにユキヤナギも花が咲き終わった今が、強めに剪定する好機、ウコギもいま強剪定しておくと、徒長枝が伸びて美味しいウコギを長く食べることができたりします。
 ……というわけで、この時期はなにかと気ぜわしいのですが、焦ってみても気持ちがはやるばかりでよくありません。毎年のことなので、そのあたりのことがだんだん分かってきました。とりあえずは「one day one thing」。そんなわけで、少なくとも「1日1本!」と夕方になると雑事を切り上げ、地道に1日1本、木の移植作業を進めています。

↑この地に移住した年に、小指の半分くらいの太さの苗木を植えたクヌギ。一昨年、薪として一度伐採することができ、今回「ひこばえ」が伸びてきたところで移植。そうとうに虫が好きな人でない限り、こんな台木化したクヌギを移植する人はまずいない、と思われます(でも樹液が出ればオオムラサキがやってくるし、洞ができればそこにオオクワガタが棲みつくかもしれない……)。
 まずは周囲を深さ1.5mほど掘り、その後、幹にワイヤーロープを掛けて、横に引っ張って倒しながら根を切ります。真下の直根は穴に入ってのこぎりで切断。その後、ワイヤーロープを上に引っ張りあげて様子をみます。もしもまだ大きな根が残っているようであればスコップまたはノコで切断。
 写真の穴は植え穴で、こちらは大きくし過ぎないことがコツ。しかしそれにしてもこれはちょっと根を落としすぎ。こんなに根を落としてしまってつくだろうか?ちょっと心配ではあります。

↑植え終わる頃には、日が暮れかかっています。根の周囲に土手を作り、そこに大量の水を流し込み、水を使って根と土を密着させる「水ギメ」という方法で植えていきます。ところが今年はなぜかまだ、農業用水が出ないのです。そんなわけでバケツに水を汲み、何度も何度も往復します。
 椎間板のヘルニア持ちなので、ほとんど一年中腰痛に苦しめられているのですが、両手にバケツを持ち、腰をきって(背骨をまっすぐにして)、腰に意識を集中しながら水を運ぶと、なぜかその後、腰の調子が良かったりします。ヘルニアでも負荷をかけたほうがいい、というのはあるのだろうか?