完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


「NONベクレル食堂」という一条の光

 天ぷら廃油(を車の燃料として使う)仲間のロクローさんから、京都で「NONベクレル食堂」を始めました!、という知らせをいただきました。
「NONベクレル食堂」には、分厚い鉛で覆われた高価な測定器が置かれています。しかしこの測定器は、「これはダメ、あれもベクレている……」と、ダメだしをするためのものではないのです。
 ちゃんとに検査することでいいものをちゃんとに消費させてもらおう、という発想で設置された測定器なのです。ひとつひとつの食材をしっかりと測定することで、現状では「安全かどうか分からない……」ということによって被害を受けてしまっている生産者の方たちを守りたい、という発想で設置されていて、そこに感動しました。
 ことによると福島にこそ欲しいのがこうしたNONベクレル食堂なのではないのだろうか? それぞれに事情があり、避難したくてもできない方たちがたくさんいて、そうした人たちのためにもなるし、無差別に被害を受けてしまっている生産者の方たちのためにもなるように思えます。
 同じく天ぷら廃油仲間である山田周生さんが、実際にNONベクレル食堂を訪ね、そのときの様子をブログで紹介されています。それがまた素敵なので、ぜひこちらをご覧いただければと思います。

 写真は、山田周生さんのBiodiesel Adventure comより転載させていただきました。

http://non-bq-shokudou.com/
↑「NONベクレル食堂」のウエップサイト
http://space.rgr.jp/bio/2012/10/post-937.html
↑「NONベクレル食堂」を紹介している山田周生さんのブログのURL