完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


もののけと縄文音楽

 原村(長野県)の自然文化園で行われた縄文音楽祭に行ってきました。「縄文という時代」が好きで、ついつい今を映す鏡のようにして比べて見てしまうのですが、きょうの音楽祭、とても良かった。素晴らしかったです。

 縄文の頃にあって今にないものは……それは「自然」に対する畏敬ではないか? ということを音楽で体現してくれているような感じがしました。畏敬の念があるからこそ、平和で芸術的な文化が生まれたのではないか?と。

 今回初めて聴いたハングドラムというUFOのような楽器。これがまた良かった。インドネシアガムランの中の金属木魚のような音色なのですが、ガムランはさまざまな形の金属ドラムがたくさん並んでいるのに対して、これはたったひとつで変幻自在な幻想的な音を奏でるのです。

 rurico さんの躍りがまた素晴らしかった。ときに、おどろおどろしい老婆に見えたり、ときに、躍動感あふれる若い女になったり、人の体の形が、こんなにも美しく形を変えるものか?と驚くくらいに印象的で目に焼きつけられ、いまも頭の中に残っているシーンがたくさんあります。

 出演者のみなさん、そしてこの無料のイベントをボランティアで作ってくれたみなさん、素晴らしい時間と空間をありがとうございました。