完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


栗三昧


 今年の新作「栗虫ようかん」じゃなかった「栗蒸しようかん」。でも、きょう稲刈りを手伝ってくれた高校生のかわいい女の子は、クリシギゾウムシの幼虫(うじ虫)を見つけたので「これ、食べれるんだよ」と言ったら「ぜひ食べてみたい」と驚くくらいに好奇心旺盛な素敵な子でした。さすがは自森生。そういえば、このところ朝日新聞で自由の森の生徒のことが紹介されています。興味のある方は、ぜひ。

 でも、シンプルながら侮れない美味しさなのが、焼き栗。生の栗の底の部分に植木ばさみで切れ目をいれ、ぬかくどの上にダッヂオーブンをかけ、ときどきかき混ぜるだけ。

 とはいえ、定番の美味しさは、やっぱり栗あんのお菓子。栗あんはゆで栗を半分に割り、スプーンで中身を掻き出すだけなので(栗の皮をむかずにすむので)、栗がたくさんあるときの栗のいただき方としてオススメです。
 その栗あんにバターとミルクと砂糖を加えて混ぜ、細い口から搾り出したのがモンブラン。渋皮煮なんかと比べると、たぶんこちらの方が簡単(渋皮煮は渋皮が少しでも破れてしまうと液が濁ってしまって保存がなかなか難しい)。モンブランは、バニラアイスと組み合わせるととても美味しいことを発見。毎年、ちょっとずつだけど、栗との付き合い方も変わっていきます。