完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


「本当の貧乏」と「ビンボ臭い」とは、どうもちょっと違うらしい……。

 ウルグアイのムヒカ大統領は「世界で一番貧乏な大統領」として知られているそうです。大統領就任時の個人資産は、フォルクスワーゲン、ただ一台。しかもそれは1987年式とのこと。つまりは(ポンコツ?)ビートルで当時の資産総額は1620ドル(約16万円)だったとのことです。就任後も、大統領官邸には住まず、いまも郊外の質素な家に暮らしているそうです。
 で、その大統領が地球サミットで話した内容に注目が集っています。ウルグアイは小国のため彼は最後の演説者だったとのこと。先進国の首脳の多くは、自分の演説が終わるとさっさと帰ってしまうので、彼が演説したときの聴衆に先進国の首脳はおらず、会場もガラガラだったというのが残念でならないのですが、演説はとても素晴らしいものでした。
 演説の内容を翻訳してくれた方がいて、このブログに掲載されているのでぜひ、ご覧いただければと思います。
 特にしびれたのは次の一節。

「(本当の)貧乏人とは、少ししか持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

 足るを知る生活を実践している彼が言うからこそ、心に響くわけですが、「国民の幸せのために原発を再稼動します」などと平気で言い放ってしまって、いくらあっても満足できない首相にこそぜひ聞いて欲しかった素晴らしい演説でした。

↑写真はジャパニーズ・ビートルこと「スバル360」。
排気量360ccのこんなクルマに家族が3〜4人乗って、二泊三日の夏休みの旅行を最高に楽しみにしていた(今だとなんだか拷問のように思えてしまうかもしれないけど)頃が、ついこの間まで日本にもそういう時代があったのでした。