完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


極悪非道のキュウリネットの水平張り


 前日まで、元気いっぱいだった大豆の苗1000株以上の葉が、たったひと晩でなくなり茎だけになってしまいました。夜の散歩のとき、畑の近くで光る目を見つけ、犬は追いかけてくれたのですが、どうも全部食べ終わったあとだったみたい。翌朝点検したら、大豆の葉はなく、柵の一部が壊されていました。足跡をみると、どうやらおいしそうな?子ジカのようです。
 ここまで容赦なくやられると、こちらもちょっと本気になります。壊れた柵をそのままに、その先にキュウリネットを水平張りしました。釣り糸のような素材でできたキュウリネットは見えにくくしかも細くて丈夫なので、知らずにシカが入り込むと、足にからがり転倒するか、場合によっては生け捕りできることがあるのです。シカはそのくらいにいやな思いをしないと学習してくれません。
 さっき、見まわりに行ったときには、なにもかかっていませんでした。明日の朝が、少しだけ楽しみ……さ、きょうは早く寝ることにしよう。