完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


収穫の喜びをかみしめながら……。


 麦秋の白州、つゆの晴れ間に麦の刈り取りをしました。本州だと、麦の収穫期はちょうど梅雨時にあたってしまいます。いつ収穫するかが重要なのです。きょうは雨がかなりしっかり降っていて、この次の晴れ間を狙ってしまったら、ちょっとヤバかったかも……。
 収穫期の麦を雨に当て過ぎると、カビが発生してしまったり、穂発芽してしまったりするのです。麦は10年に一度くらい壊滅的に収穫できないことがある、と言われているのですが、シカによる被害もあってウチはこのところ2年連続で壊滅的でした。
 昨年の秋、こんなだった麦が……

半年もするとこんな風に育つのです。

↑背の高いのは、ライ麦。たぶん脱穀機の中で混ざってしまったものと思われます。

↑かみさんが、自走式芝刈り機で株もと右側の雑草を刈り、そのあとを、バインダーで右寄りに左側の雑草をよけながら麦を刈ります。タネまきのうね幅が適切で、この方法を使うと、途中の除草なしで収穫までこぎつけることができます。

↑この方法だと、こんなに草ボウボウの麦畑でも、麦だけを選んで刈ることができたりします(写真はおととしの麦畑:品種はコユキコムギ)。緑の中に少し混ざっている白い茎がコユキコムギ(写真をクリックすると拡大します)。

↑そして久しぶりに出現した麦屋敷。
普通はコンバインを使うのですぐに脱穀するのですが、バインダー+ハーベスタの場合はハサガケが可能で、少し早めに収穫しても屋根下にハサガケして追熟させることができます。その分、手間はかかまりますが……。

↑そしてもうしばらくすると、こんな風に変身します。でもここまでするには、脱穀をし、土用の頃には玄麦を毎日シートに広げて天日乾燥し、唐箕がけしてから粉に挽き、振るって……と、お米と違って麦は結構、手間がかかります。でも、こうした手間仕事を「ヒトが生きる喜び」として楽しむことができるのも、たまたまこの地はちょっと運が良かっただけ……。停電して景気が悪くなったとしても(それも真実か疑問だけれど)、それより人が安心して暮らすことのできる土地が奪われてしまうことの方がはるかに深刻で、あってはならないこと……そんなことを感じながら麦の収穫をしたのでした。