完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


田んぼの時間1

 きょう、田植えが終わりました。長井さんと久松さん、それにウチ、三家族で一枚の田んぼをやっています。冬も水を落とさない冬水田んぼです。
昨年収穫した稲穂からお米をはず、それを苗代(なえしろ)に播きます。苗が成長するまでの間、草取りをしたり、植える前には苗取りをしたり、手間はかかるけれど、でも、タネ代も、苗代(なえだい)も、たね播き用土代もかかりません。

↑田植えの終わった田んぼ。南アルプスから流れ出す川の最上流にある田んぼのため、水温がとても低いのが特徴です。そのため、水温ができるだけあがるようにと、田んぼの中にも水路(写真の右端)を作っています。田んぼの土手に沿って水を半周まわし、太陽の力で水を暖めてもらってから田んぼに入るようにしています。水路を作るのに手間がかかったりしますが、最上流の田んぼのため、上流から農薬や除草剤が流れてこない、というのがありがたかったりもします。

 田植えは手植えで行います。機械を使えば半日で終わってしまう量なのですが、手植えなので、半月くらいかかってしまいます。でも、機械を使わない田植えは、鳥の声やセミの声、それに小川のせせらぎに包まれた至福の時間だったりもします。
 

 最終日、娘は自転車に乗ってやってきました。バイクもあるし、免許もあるのに、わざわざ自転車に乗ってやってくる……トラクターがあるのに、ぎりぎりまで人力で田車を押して代掻きをしてみたり、変な親子です。自給率をあげるためには、たしかに効率は大切だけど、でも、便利なことが必ずしも楽しいわけでもなかったりします。「てきとー」で「いいかげん」というのは、案外、難しいことなのだけれど、でも、大切なことなのかもしれませんね。