オオムラサキのためのエノキの枝の剪定方法

 新月になる前に、エノキもかなり強めに剪定しました。新月の頃は、養分が根っこの方に移動しているので、その頃だったら地上部を強剪定しても木の負担が少ない、といわれています。植物は新月や満月のときの月による引力の変化がどうも感じとれているみたいです。

↑ところでこれは剪定前、昨年の夏の写真です。手前右側の大きな木がエノキ。奥で縦に並んでいる木が(今回新月伐採した)クヌギです。いずれも、いまから10年ほど前に苗木を植えたもの。下の写真は同じ場所の2002年の写真です。この頃はまだ木は一本もありません。

↑以前は桑などを中心とした林だったのですが、圃場整備によって大規模に開墾され、鳥も虫も一時的に数を大幅に減らしてしまったのでした。ちょうどユンボの止まっているあたりに、10年前、エノキを植えたのでした。クヌギやコナラなども10年ほどで薪炭木として使えるようになることが分かります。ということは、たとえば一年で20本の薪炭木を暖房や調理用に消費するとすると、20本×10年=200本の林があれば、薪は持続可能で自給できるエネルギーであるといえます。都会の人からすると200本もか? というイメージかもしれませんが、実際に田舎に暮らしてみると薪炭木200本の林はそれほど大きな林ではなかったりします。

↑エノキは今回、かなり思い切って強めの剪定を行いました。写真では分かりにくいかもしれませんが、直径15センチくらいの太枝を何本か切り落としました。
 実は……「蝶を誘致するための公園や庭の管理の手法」というのが、卒論のテーマでした。いまから25年くらい前の話で、蝶の食樹の植栽や管理の方法、細かくはエノキの剪定方法なんかもその中で紹介していました。いまでこそバタフライガーデン(蝶のための庭づくり)という発想が一般的になり、理解されるようになってきました(この本による曳地さんの功績が大きいように思います)、が、当時は自然公園などという名称の公園でさえ、夏、葉のある時期に剪定をしないように、あるいは、冬にエノキの落ち葉を掃除しないように……と、伝えても、虫の生活環境を守るための公園管理という考え方は、どうにも理解してもらえませんでした。

↑写真は今回見つけた越冬中のオオムラサキの幼虫。オオムラサキはエノキの根元の落ち葉の裏で越冬します。そのため冬に木の株元の落ち葉を掃除してしまうと、そこを越冬場所とするオオムラサキは全滅してしまうのです。
 ただ、今回、実際に冬に剪定をしてみて分かったこともありました。冬に剪定したとしても普通に剪定してしまっては、越冬後の幼虫の生息に影響を与えてしまう、ということです。普通、この種の樹形の木を強めに切り詰めるときには、枝先を残さず切り詰めてしまいます。その方が樹形を維持しやすいからです。でもそれだと春一番に芽吹く新芽がなくなってしまうので、春の芽吹きがかなり遅れてしまいます。それでは越冬から覚めた幼虫は命をつなぐことができません。というわけで、一年目は枝先の新芽をある程度残した状態で剪定し、翌年、太めの枝や幹から胴吹きしたら、それを残すようにそこまで切り詰めてる、という二段階で剪定する方法が良さそうです。
 それともうひとつ、剪定を行う際、木に登り降りする際、株元1mくらいの範囲を踏まないようにする、という必要もありそうです。一本の木を剪定する場合、案外何度も木に登ったり降りたします。そのたびに越冬幼虫を踏みつけてしまわないように注意が必要なわけで、株元1mを踏まないように、あるいはそこに飛び降りないようにして作業を行う必要があります。でも、実際にやってみると、これが結構大変でした。株元から離れたところに飛び降りようとして、落ちそうになったり、足を痛めたり……。
 あらかじめ株元の落ち葉をよけておいて作業終了後再び戻してあげる、という方法の方がいいかもしれません。ただ、普通に落ち葉を戻したのでは幼虫の付いている葉が風で飛ばされてしまう可能性が高いので、そのあたりの配慮も必要そうです。
 でも、こうした気配りをしてあげれば、飛翔が可能で行動半径が広い虫たちは案外タフで圃場整備などにより一時的に個体数を減らしてしまったあとも、オオムラサキやカブトムシなどは再び個体数を増やし戻ってきてくれました。この手の大きな環境変化があった後も、その後、どんな風に対処するか?で大きな違いがありそうです。

 またエノキにはオオムラサキのほか、ゴマダラチョウ(オオムラサキと共に落ち葉の下で幼虫越冬)やテングチョウ(食樹から離れて成虫越冬)、ヒオドシチョウ(食樹から離れて成虫越冬)、それに緑色に輝くヤマトタマムシなどもエノキを食樹としています。あるいは、エノキの実は鳥たちの好物でもあり、野鳥たちにとっても大切な木であったりします。
 あるいはエノキにはトガリタマバエという虫こぶを作るハエが共棲していて、その虫こぶには「トガリタマフシ」という固有名詞が付けられていたりします(日本人はこうした虫こぶのひとつひとつにまで名前を付け、ときに生活のためのに使っていた、ということに驚かされます)。
 昔の人は、一里塚に植える木としてエノキを選んだといいます。オオムラサキやヤマトタマムシの美しさを見ていると、昔の日本人はオオムラサキやヤマトタマムシの美しさを愛でる余裕があり、それらの虫がこの木を棲みかとしていることを知った上で、エノキを旅の途中の休憩用の木かげとなる木として選んだのではないか? などとも思ってしまうのでした。
 電気のない江戸時代には戻ることなど到底できないわけで……なんて、簡単に言ってしまう人が多いのですが、でも実は江戸の頃は、暮らしの質はいまよりもっと豊かで、いまよりもひとの心にも余裕があったのではないか?(同じ頃のヨーロッパと比べると飢饉で亡くなったひとの数は江戸のほうがはるかに少なかったりします)、というあたりのことを次号のオールドタイマー誌(26日発売)の「自給知足」のページに書いています。もし本屋ででも見かけたら立ち読みしていただけるとうれしいです。