完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


ヒトの意識も脳内の微弱な電気信号?


 脳の話のついでに……、こんな情報もあったりします。

 手元にちょうどたまたま9V電池とワニ口クリップつき電線があったので、とりあえずそれで試してみました。なんだか違いがあるような気もするけど、違わないような気もします。でも、脳内の情報伝達が微弱な電気信号で行われている、ということを考えると、こんな方法でもアノードからカソードに向け微弱な電流は流れるだろうから、なんらかの影響はあるような気もします。それを考えると、危険性がないとはいえないので安易に真似しないほうがいいのかもしれません。ワニ口の反対側はコードむき出しになっていて、その尖った銅線の先端が頭の表皮に刺さったときには思わずビクッ! としました。 
 そういえば気功の先生が以前、素人は脳には「気」を送らないほうがいい、なんて言ってたことを突然思い出したりしたので、もしかしたら電極をつけたことで無意識の内に脳内のどこか古い記憶が活性化したりしたのかもしれないけど……確かなところは分かりません。誰か100マス計算みたいなもので違いを実験してくれると面白そう。着けているときにはどうも少し緊張してたみたいだけれど、外した瞬間からなんだかいつもにも増して脳みそがダラ〜とした感じ。暗示にかかりやすいタイプなので、少なくともブラシーボ効果は期待できるかも?
 図では右側にアノード(プラス)を接地させているけど、流す方向も関係があるのだろうか? もしもこの方法が脳の老化防止になったりしたら、電極付きの帽子が飛ぶように売れたりするんだろうなぁ……。