鶏は自分の運命を、どこでどのようにとらえているのだろうか?(の続き)

ニワトリのお肉をいただくということ」の続きです。
 翌朝は、鶏がらでダシをとった野菜スープ、自家製全粒粉入りブドウ&ヨーグルト酵母のカンパーニュ、それにタケコさんが持ってきてくれた絞りたての蜜蝋付きハチミツ(タケコさんありがとうございました、程よい感じの酸味があって、とても美味しかったです)などでブランチをいただきました。今回、命をいただいた鶏はガラや内臓の一部まで含めて、ていねいにすべていただくことが出来ました。
 ところで、今回生徒たちを連れてきてくれた教員のミッキー(=後藤幹さん……自由の森では教員の多くは愛称で呼ばれています)は、理科の教員です。普段であれば捨てられてしまう鶏の頭なのですが、今回はそれを圧力鍋でゆで、骨を柔らかくし、それを使って解剖の授業をしてくれることになりました(みんな興味しんしん)。


 まずはトサカをハサミで切り取ります。表皮の皮の次に出てくるのは頭蓋骨。ハサミで切ろうとしますが、なかなか切れません。脳は生きるためにとても大切な部分で、それを守るため、丈夫な骨で覆われているとのこと。結局、頭蓋骨はハサミでは切ることが出来ず、金属用のニッパを使って切断しました。でもこれ、頭蓋骨がどれほど固いか?は、実際に切ってみないと実感としてわからないことだったりします。
 一方、鶏のその他の部分の骨は意外と柔らかくて、ハサミでも切ることができたりしました。鳥の骨は、空を飛ぶために出来るだけ軽く、その上で剛性を得るため、骨の中が空洞になっているのだそうです。しかもその空洞は気嚢(きのう)と呼ばれ、ちゃんとに機能を持っているのです。肺を通る空気はその前後でこの気嚢に蓄えられているとのこと。そのためヒトなどの哺乳類と違って鳥類は息を吸うときも掃くときも、肺での酸素交換が可能なのだとのこと。こうして鳥は哺乳類に比べて効率よく呼吸をすることで、気温の低い上空でも激しい運動をすることが可能で、さらにはヒマラヤの上空のような空気の薄いところでも飛行ができるのだそうです。
 しかも、こうした特殊な骨の構造は、空を飛ぶために進化したのではなくて、地球には酸素の少ない時期というのがあって、それに順応するためにこうした骨の構造が発達し、結果としてそれが空を飛ぶことにつながったのではないか?という説が有力なのだそうです。その証拠に空を飛ぶことのできる哺乳類であるコウモリの骨の比重は重く、鳥の祖先と言われている恐竜類は飛べないものが多いけれども、骨の中に含気穴(これが気嚢になったと推測されている)を持つものが多く、それによって効率よく酸素を取り入れることができ、大きく成長できたのではないか?とのことでした。
 実際に頭蓋骨をニッパで切りながら、そんな話をされたら、好奇心旺盛な中学生でなくても夢中になってしまうのでした。
 そんな話をしているうちに、ようやく頭蓋骨の切断がおわり、ミッキーは中学生たちに尋ねました。「さて、これから先が脳になるわけだけど、脳の近くに必ずあるものがあります。それはいったい何でしょう?」 生徒たちからは「神経」だとか「骨」だとかいくつかの回答がありました。その上で「じゃあ、解剖しながら探してみようね」と言ってミッキーは解剖を続けるのでした。頭蓋骨の下には、大脳があってそれをめくるようにすると黒い浮き袋のようなものが現われました。そして、その先端端部には小さな丸いものが付いていました。その小さな丸いものは、目だったのです。そう、脳と必ず一緒にある器官は、目なのだそうです。

↑真ん中の白い球状のものが水晶体。脳は「目」というセンサーを有効に使うために生まれ発達した、というのがその起源だと言われているそうです。するとすかさず「じゃあ、目がない深海魚とかには脳はないの?」とのするどい質問。深海魚の場合は元々は目があったのだけれど、それが退化してしまったので脳があるそうです。
 脳を頭頂側から解剖していくと、外側から大脳、中脳、小脳という順番で脳が現われます。一番内側にある小脳は生きるための運動神経を反射的に行うための指令を出しているところで、これが脳のベースで、中脳や大脳はそれを囲むようにして後から少しずつ進化して増えているのだそうです。そんなことを話しながら、解剖を進めていくのだから中学生たちはいつの間にか身を乗り出して、ミッキーの手元を見入ります。
 大脳はある程度損傷を受けても生きてはいけるけど、小脳にダメージを受けてしまうとその動物は生きていくことが出来なくなってしまうことが多いそうです。たとえなにかの障害があったとしても生きていくことができればその遺伝子がつながる可能性は残されているわけです。
 また、小脳が発達した動物、たとえば鳥だとか馬とかは、運動能力に優れれているとのこと。ただし考えたり推測したりする能力は大脳に依存する部分が大きいから、そうした動物では、この先の自分の身になにが起こるか?それを推測したりすることは苦手であると思われること。また、脳の大きさが大きければいい、というわけでもなくて、イルカのように比重としてはヒトよりも脳の発達した動物もいるそうです。けれども、イルカとヒトには決定的な違いがあるのだとか。「さて、それは何でしょう?」と質問すると、柔軟な中学生の脳からは、「手?」と言う正解がすぐに飛び出してきて驚かされたのでした。

 卒業生である娘に聞いたら、うーん、自由の森の授業はいつもこんな感じだよ……とのこと。自由の森は競争を廃しているのでテストはないのだけれども、その代わりに評価表という教員と生徒との間の文通ノートのようなものがあり、それを見せてもらったときに感じた驚きとうらやましさが再び蘇ってきたのでした。つきなみだけれども、学校の授業でこんな風に好奇心をそそられたら、誰もが学ぶことが好きになってしまう……そんな気がしたのでした。