完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


麦の芽生えと、TPPと、タネの麦踏み?

 麦やお米を育てている……と言うと、「それは凄いですね! 大変なんでしょうね」と言う人が多いようです。でも実際に作業をしてみると、自家消費用であれば意外とそんなに大変ではなかったりします(それで収入を得て生活の糧にするとなるとそれはもの凄く大変なのですが……)。

 鶏糞やストーブの灰、米ぬかなどを少し撒いたあと、タネを蒔いてあとは雨が振るのを待つだけ。雨の翌日、ありがたいことに一斉に麦は発芽してくれます。いい加減なウネ幅で蒔いてあげれば(このあたりが難しいと言えば難しいのですが)、ウネ間に雑草が生える頃には、麦は成長しウネ間の(地面に届く)光を遮るので雑草も(うまくいくと)そんなに邪魔になりません。
 畑の草たちが最盛期を向かえる少し前に麦畑は麦秋となり、収穫期を迎えます。しいて言うと、麦はその後の管理、脱穀したものを陽に干したり、粉に挽いたりが少々面倒なのであって、道具(中古で十分)さえあれば育てるのはそれほど大変ではないように思います。少なくとも同じ1反の畑を家庭菜園のように多種類の作物を植えて管理していくのに比べると、はるかに手はかからないとは言えると思います。
 貿易が自由化され、関税がなくなると安い外麦がこれまで以上に入ってくることが予想されます。自家用として麦を作ることを楽しみとする人が増えたらいいなぁ……、生活の中にそうした余裕をもって暮らせる社会になったらいいなぁ……、今の日本で守るべき「農」というのはどんな姿の農なのだろうか? ミツバチが棲めなくなるほど農薬を散布し、土壌汚染が心配になるほど除草剤を乱用するような農ではないよなぁ。なんてことを思いながら、一斉に芽が出た麦畑を横目に畑の冬支度をするのでした。

↑発芽するには土が柔らかいことがいいように思われがちだけど、ぐうたら栽培(放任栽培)では踏みつけた足跡の部分から多くの芽が出て、それらがうまく成長することが多いように思います。窪んだところの方が雨水がたまりやすいということと、土はある程度踏みつけられ方が密度が上がるので、毛細管現象で地中の水分を吸い上げやすくなるから、ではないかと推測されています。土がふわふわの状態だと、雨あがりにせっかくでた芽が日照りで干からびてしまうのです。植物の種類にもよるけど、葉物野菜を含め、タネを蒔いたらある程度、土を展圧をしてあげることが、雨に頼る(潅水をしない)ぐうたら農法のタネまきのポイントと言えるかもしれません。