完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


秋の雨の畑のトルティーヤ

 雨の日の畑の見まわりが好きです。植物たちはこのときとばかりに元気にいきいき、背伸びをするかのように成長していて、雨の日の畑で収穫した野菜が一番美味しいような気がします。緑の草たちの中で、フリルレッドという種類の海草のようなサラダマスタードを見ていたら、トルティーアのフレッシュサラダを巻きたくなりました(今年の春の雨の日にはこれができなかった……)。

 コスレタスにフリルレッド、麦畑の予定地に生えてきてしまったルッコラ、冬までに巻きそうにない小さな株の白菜などを摘んでいたらボールが満杯になってしまいました。それにディル、コリアンダー、土から顔を出したばかりのワケギなどを加え、香草たっぷりの秋の雨の日のトルティーヤ。平飼い新鮮卵で作ったマヨネーズとチーズ、それにほんのちょっとお醤油をたらしていただきます。

 こちらはマヨネーズにチリソースが混ざった、沙羅バージョン。秋になって新しくでてきたニラの若葉なんかも入っています。ブリトーのように巻いて、あるいはタコスのように二つ折りにして……ガブリ!


 きょうは、雨で延期になったけど、明日、雨があがったら、わくわく田んぼ(白州、下教来石、流川沿いの一番上の田んぼです)で福島支援米の稲刈り、やります。もしよければ、長靴持参で、どうぞいらしてください。