Blog「自給知足がおもしろい」

自給「知」足と称した、貧乏くさい暮らしを楽しむためのブログです。

完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的で質素な暮らし方が可能で、それにより身近なことで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも哺乳類の一種として自然の生態系の中で
虫や草や菌類など他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくてお金をたくさん得られても、たぶんどんなお金持ちになっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうか、よろしく。


あの311から6か月……911八ヶ岳パレード


 3か月前の611のパレードの際、不覚にも遅刻してしまったのでした。611では超小型太陽光発電所?を先頭にパレードの行進をしてくれる、ということになっていたのに、その太陽光発電カートの到着がパレードの出発に間に合わず、スタッフの方に迷惑をかけてしまったのでした。
 そんなわけで今回は、少し早めに家を出たのでした。白州から長坂に行くには、フォッサマグナの大断層をつづら折れで登らなければなりません。我が家の天ぷら廃油JEEPだと、それがちょっとした難関でもあります。
 車速を一度落としてしまうとそれを挽回するのが大変なので、対向車がいないときには対向車線にまではみ出してできるだけスピードを落とさずに登ります。坂の頂上が見えてきて、あともう少し、やれやれ……というところでした。エンジンがブルッ、ブルブルブル、プスンといって機嫌を損ね、止まってしまったのは。
 手馴れたもので、私がフィルター切り替えレバーを操作している間に、娘はクルマから降りてボンネットフックをはずしてくれています。エンジンルームを調べてみたら配管にエアが入っていたので、いつものようにエアクリーナーを外し、そこからブレーキクリーナーをスプレーしながらセルモーターをまわしてみました。揮発性の高いブレーキクリーナーを燃料としてインマニから直接スプレーし、それでエンジンを始動させ、フィードポンプを動かして配管内のエアを駆逐しようという寸法です。で、いつもだったらこれでエアが抜け、エンジンが再び目覚めてくれるのですが、今回はブレーキクリーナーのスプレーをやめるとエンジンも止まってしまいます。
 森の中の人気のない道だったのですが、今回のパレード参加者である希野ちゃん、大東さん、佐藤さんなどが通りがかり、心配して止まってくれて、太陽光発電カートだけはひと足先に会場に運んでもらえることになりました。ありがとうございました。
 その後も、気を取り直し、いろいろやってみるのですが、どうしてもエンジンはかかりません。30分くらい格闘した末、自走をあきらめ、人生二回目、JAFに救援依頼の電話をかけたのでした。あいにくの日曜日で近くの協力工場はお休みなので、救援車は甲府の山梨本部からやって来る、とのことで到着まで小一時間ほど待ってください、とのことでした。
↑ブレーキクリーナーをインマニからスプレー。普段はこれでたいていエンジンがかかるのですが……。

↑天カスを取り除いただけの天ぷら廃油を燃料としているので、フィルターをふたつ装着し、詰まった場合に車内からヒモで切り替えができるようにしてあるのですが、今回は切り替えてもダメでした。

 他にやることもないので、続きでエンジンをいじっていたら、あることに気が付きました。セルをまわしても燃料が行ったり来たりするだけで実際には送られていないのです。二つあるフィルターのうちの大きい方のフィルターの上部にエア溜まりができてしまっていて、ポンプを駆動してもその部分のエアが圧縮されてしまうために燃料が送られていないようも思えました。
 そこでその近くの配管のエア抜きバルブを開放し、プライミングポンプを手で押してエア抜きし、再度セルをまわしてみたら今度はすんなり、エンジンはかかってしまったのでした。試しにちょこっとそこら辺を走ってみたらさっきよりも快調なくらいに普通に走ります。相手からは見えないのに何度も何度も頭を下げながらJAFに断わりの電話を入れ、どうにか自力でパレードに向かったのですが、もうとっくにパレードは出発してしまっていて、最後に集まって車座トークが行われる街中公園でみんなが帰ってくるのを待つことにしたのでした。


 井上揚水の詩に、「傘がない」というのがあります。パレードには福島や茨城から避難されている方たちも参加していて、車座トークではその方たちから現地の実情や深刻な悩みを教えていただくことができました。でもきょうの私は、クルマが故障し止まってしまったということに必死で、そのときは頭から福島のことは消えてしまっていました。「傘がない」の一節にこんな詩があります。
 都会では自殺する若者が増えている。
 今朝来た新聞の片隅に書いていた。
 だけども問題は今日の雨 傘がない。

 日々の暮らしの中には、ひとそれぞれにさまざまなことが起こります。311から6か月。日々に起こるそうしたことの中に、まだまだ渦中の当事者がたくさんいるのに、事故のことが、ときと共に少しずつ埋もれていってしまっているように感じられます。このままでは日々の暮らしの雑事の中に埋もれてしまうことを願っている人たちの思い通りにことが進んでしまうのではないか? 選挙権を持っている大人は、少なくとも考え続けなくてはいけない……、そうする義務がある……、経産省の前で、抗議のため10日間の断食をする若者たちの声明文の中に、18歳になる娘の同級生の名前を見つけ、その思いを新たにしたのでした。我々は彼らの未来を決めることができるけれど、彼らにはその選挙権さえもないのです。

↑きつつき工房の松永さんご夫婦が作った傘。ここに書かれている標語、なんだかとってもいいなぁ。ガンジーがなぜチャルカをまわし続けたか? 考えるとそこにはとても深い意味があるように思います。

↑カタカナで「ダツゲンパツ」と書かれたプラカードがありました。

↑よく見ると、「脱ゲンパツ」を形作る文字は、「セミの脱皮ガラ」で作られていたのでした。ヒグラシ、エゾゼミ、ツクツクホウシなどさまざまなセミの抜け殻で使われていました。原発のある暮らしから「脱皮しよう」という意味が込められているんですね。