完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


きゅうりのカーテンと児玉龍彦と東電広報メディア


 生ゴミ堆肥のバケツからはえてきたキュウリに似た植物は、やっぱりキュウリでした。自然ばえ(昨年、とり忘れの完熟きゅうりを畑の畝に埋めておいた)で芽生えたきゅうりも無事、育っています。(F1ではなく)固定種であれば、タネを毎年買う必要なんてないんですね……。しかも自然ばえだったら、果実をただ埋めておくだけで、タネ取りさえも不要。


 ところで、話は唐突に変わりますが、児玉氏の国会での名演説、(有志による講演会ではなく)日本の国会の委員会での出来事なのに、なぜかテレビではほとんど報道されません。ネットでは3日で50万アクセスだというのに。
 というわけで、もうすでにご存知の方も多いと思いますが、あまりにもテレビや新聞が無視をするので、ここでも紹介させていただこうと思います。

 旧メディアたちは、なぜこれを報道しないのでしょうか? 国会担当の記者たちはいったい何をやっているのでしょうか? 「誰がいつ辞めるか?」なんていうことは、少なくともいまは重要ではありません。エネルギー問題に関しての政策論争をとりあげずに首相の進退のことばかり論じている政治家たちを糾弾するのが彼らの仕事なのに……。ここにきて広告業界を取り込みつつある、といわれる原子力マネーによる旧メディア界への圧力がそれほどに凄まじい、ということなのでしょうか? 
 今起こっていることを正直に、ごく当たり前に書いているだけに見える東京新聞からは大手企業の広告が落ちるし、新聞やテレビなどの旧メディアは再び「東電の広報誌」あるいは「東電広報チャンネル」と化すのでしょうか? 
 現場で働いている人には本当に申し訳なく思うけど、こうなると一刻も早く、東電を破たんさせる必要があるように思えてきます。でも、以下のような事実を知ると、現場で働いている人たちも、いったん破たんさせて、新しい経営陣の元(送電は国に明け渡し)優良な発電会社として再起した方がいい、と思えるかもしれません。
 以下は、ウィキペディアにも載っている文春のスクープ記事の抜粋です。
東電の清水社長は3月29日に高血圧とめまいを理由に入院、4月7日に復帰。この10日間で彼がやっていたこと。赤坂のタワーマンションの自宅ローン(約一億円)の完済。4月4日に三井住友銀の抵当権を抹消。この手続きは本人がいないとできない。「週刊文春」5/26号。」


 最後に、児玉龍彦氏の息子さんのつぶやきを紹介させていただきます。
 親父のスピーチを見ていただいた方に、一つだけお願いさせてください。
父は影響力のある科学者ですが、同時に病気の妻を抱えた58歳のただの男です。
一人ですべてを解決できるわけではありません。
本当に状況が良くなるために、一人一人ができることがあると思います。