安全な水と土+足るを知る暮らし+豊かな自然=幸せの経済学?

 経営効率が最優先される現代の農業のあり方に疑問を感じ、安全で安心な農作物を供給したいという考えから、農業を始めた人たちが増えています。そうした良心的な農業は経営的にはとても厳しいのだけれど、お客さんが喜んでくれることがそうした人たちの大きな糧だったように思います。そうした無農薬や無化学肥料で農作物を作ってくれていたひとも今回の原子力発電所による事故の直撃を受けてしまいました。
 そうしたひとたちにとってこれまで長い時間かけて育ててきた畑の土は、とても大切でかけがえのないものだったことが想像できます。しかもどんなに努力したとしても、今回の汚染にはくやしいけれど対処のしようがない。しかも放射線による汚染は目に見えず、障害は、大人よりも子供や幼児がより影響を受けやすい……そのことを考えただけでも、当事者でなくても途方に暮れてしまいます。
 たとえ停電があっても、不便な世の中になっても、このような苦しみ、どうにも対処できないような結果を生んでしまうわけですから、それだけでも私は、原発に頼ることのない社会を望みます。
 それになにより……不便は必ずしも不幸なことではない……きょう「幸せの経済学」という映画を見て改めてその思いを強くしました。不思議なことに不便は、協力や助け合いを生みます。そしてヒトはありがたいことに、協力したり助け合うことに喜びを感じられる生物のようです。電力不足などの不便は助け合いよってある程度対処できるわけだし、それによって逆に幸せに感じられることだってあるように思います。
 そうした意味では、自動車業界がいち早く就労時間の分散化を表明したこと、これは高く評価したいと思います。本当はちっともエコでないエコカー減税の問題とか、これまで自動車業界にもいろいろ問題はあったのだけれど、組織の利益のことしか頭にない電力業界や心が腐りきった原子力村に比べたら、就労時間の分散化をいち早く表明した自動車業界は、なんとすがすがしく健全なことか! 
 浜岡を止めたら一番困る……と言われていたトヨタの社長は意外にも浜岡原発停止が決まった際、「迅速な決断に対して敬意を表したい」とのコメントも発しました。これも素晴らしかった。

↑安全な土と清らかな水さえあれば、あとは太陽の恵みと生態系のバランスがおいしい作物を作ってくれます。写真はスプリンクラーを中心にすえた円形の畑。自給用の場合はこんな風に少量ずついろいろな作物を混沌とさせた状態で育てるというのもオススメです。欲張って必要以上にあんまりたくさん作らないというのも大切なこと。これもホッジの「幸せの経済学」を見て、感じたことのひとつです。ひとつの畑に同じ作物を大量に生育させようとすると、それは(素晴らしい具合に混沌としている)日本の自然からみると「不自然な状態」。なので、そうはさせないようにと生態系のバランスが働きます。豊かな自然の中で、ヒトもその自然の生態系のバランスの中に組み込まれたような形で生きていけたらいいなぁ、との思いを強くした一日でした。きょう5月22日(あー、もう、きのうになってしまった)は「生物多様性の日」だそうです。