完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


年金と生活保護とベーシックインカム

 河野太郎のブログによると……、(このままだと)生活保護の生活扶助費のほうが国民年金の満額支給額よりも多くなってしまう可能性があり、しかも生活保護だと、家賃扶助や医療扶助も受けられる。まじめに国民年金の保険料を支払った人たちは、生活保護よりも少ない年金をもらい、しかも、自分が納める税金の中から、年金保険料を支払わずに生活保護をもらうことになった人たちの生活保護費が支払われることになってしまう、と指摘しています。
 また、田中康夫議員が国会の予算委員会の代表質問で、被災された方にベーシックインカムの導入を考えたらどうかという提言をした、という情報も入ってきました。
 脱原発によるエネルギーシフトと同時に、この機会に、社会によるセーフティネットの仕組みとしてベーシックインカム導入の流れを起こすことが出来ないだろうか?という思いもあったりします。
 自由の森学園では高校3年になると、各教科で自分が興味を持ったことを調べ、クラスの仲間に向けて生徒が発表&紹介する、という授業のスタイルをとります。以前、このブログでは娘の同級生による自然(という教科がある)のレポートについて紹介させてもらいました。今回は社会科のレポートで「地域通貨ベーシックインカム」について紹介したものをここに転記させてもらおうと思います。


 ●生きさせろ!「その後」
 雨宮かりんさんの本に「生きさせろ!」というタイトルの本があります。中三のとき、このタイトルと同じ名前の自由選択授業がありました(担当教員:菅間正道)。その授業で、当時、自立生活サポートセンターの湯浅誠さんに会いに行ったり、ホームレスの人たちにご飯を配る炊き出しという作業を手伝わせてもらったりしました。
 わたしはそのとき、自分が生きている国に貧困や格差の問題があることに衝撃を受けました。しかもそこにいたホームレスの人たちの多くは、耳が不自由だったり足をけがしていたり、体の不自由な人たち多かったのです。
 たとえばこれは、事故で仕事ができなくなってしまったら、私たちも一気にホームレスになってしまうということです。これは私にとって恐怖でした。
 このようにいつホームレスになってしまうかわからない社会のシステムをかえるためには、一体どうしたらいいのかと考えました。
 その解決策のひとつとして、「地域通貨」があるのではないかと思いました。そこで地域通貨「わくわく」のメンバーでもあり、さまざまな社会運動に参加している久松重光さんに話を聞いてみました。

地域通貨とは
 地域通貨というのは、日本円と違って、ある地域だけで使えるお金のようなもののことです。その地域内でモノやサービスを動かすこと=地産地消を図ることが目的のひとつです。日本円と大きく異なるのは「利子がないこと」。現在の日本円のように「利子によって儲けを生むシステム」をつくらないために利子というものがありません。「マイナス利子」と言って、使わずにしまっておくと、減っていってしまう地域通貨もあるようです。ただしマイナス利子の場合は、「消費を無理に促すこと」にもなりかねないので賛否両論があるのですが。
 ここで私たちのやっている「わくわく」という地域通貨を紹介します。まず、自分の気に入ったノートを一冊用意します。そのノートに、日付、名前、内容、プラスマイナス、合計 サインという欄を作ります。
「わくわく」での取引は、払う側と買う側の話し合いで、いくら「わくわく」を払うかが決まります。たとえば病人がいて、その人を病院まで送りに行ってあげるとします。その場合、病人がわくわくを払う場合もあれば、病院に着くまでいい話ができて、送りに行った人がありがとうの表現で、逆にわくわくをあげることもできます。日本円ではありえないような使われ方をするのです。
 こんな風にわくわくには値段があるわけではないので、日本円と単純に交換できるものではありません。

●わくわくの理想形
 また、地域通貨であるわくわくには人と人とをつなげるという大切な役割もあります。だから最初はわくわくを使ったやりとりをしていても、それがだんだん物々交換になり、さらにはその場での交換を必要としない関係になる……、そんなわけで地域通貨はだんだん使われなくなっていく、というのが、理想の形といえるのかもしれません。日本円に頼らず、地域内でモノやサービスを循環させるということではわくわくは素晴らしいと思うのですが、地域でお互いを助け合うことは大切なことだけれども、それだけでは格差を生む現代の社会を大きく変えることは難しいのではないかと、久松さんの話を聞いていて思いました。 しかし、久松さんの話の中に、ひとすじの光が見えることばがありました。それが「ベーシックインカム」です。
 ベーシックインカムは、基本所得保障とも言われ、すべての国民に最低限の生活に必要な費用が平等に配られる社会保障制度のことです。
 たとえば生活保護の場合は、必要なひとが必要だからもらいに行くというシステムになっています。しかし、本当に生活保護が必要か?という審査のようなものがあって、第三者が立ち会うと証拠が残るので生活保護が受けられるのですが、ひとりで行ってもなかなか許可されないという場合が多いようです。そのためすべての国民に、一律で配るということが必要に思いました。
 それからもうひとつ、ベーシックインカムがあれば、自分の正しいと思うことに反するような仕事を、自分の考えにそむいてまで続けていく必要がなくなります。
 たとえば、正社員としてせっかく入った会社で命じられた仕事が、戦争で人殺しのために使う兵器を作る仕事だった場合、その会社を辞めて、兵器を作ることに反対する運動に参加することもできるということだと思います。
 さらにもうひとつベーシックインカムがあると、過疎化が進む地域に移り住んで、農的で自給自足的な暮らしをするという選択も可能になります。それによって、人口の多い都会から地方へ、人口が流れるきっかけにもなります。そのことは、地球環境にもやさしく、人口集中による過剰な競争や無関心もなくなり、お互いを助け合える社会へと変化していけると思えるのです。

ベーシックインカムの弱いところ
 ひとつは働く意欲がなくなってしまうという危険性が考えられます。でもひとには人の役に立ちたいという本能のようなものがどんなひとにもあるので、大丈夫という考え方もあります。
 もうひとつは財源をどうするかという問題です。
 現在は中央銀行が政府から独立して紙幣を発行しているけれど、それを政府が発行できるようにすれば、財源の問題を解決できるという考え方です。
 現在のように必ずしも必要のない公共事業を行なうことで、低所得者に富を分配することよりもベーシックインカムで直接配ったほうが効率がいいということがあります。
 たとえば1億円の公共事業では、材料費などの経費(物を買うにあたっての手数料なども含まれる)だけでも半分以上かかってしまい、実際に低所得の人に労働の対価として配られるお金(賃金)は、1億円の支出に対してほんのわずかになってしまうそうです。
しかも無駄な公共工事は環境破壊につながってしまいます。
 ベーシックインカムのもっとも重要な役割は、現在の利子経済を断ち切ることができることです。利子経済では、動かすお金が多ければ多いほど、たくさんの利益を生むという仕組みになっています。
 久松さんによると、そのため実体経済では500兆円規模の経済活動にもかかわらず、利子経済では40京円という実体経済とはかけ離れたとてつもない量のお金が動いてしまっていることになっている、とのことでした。
 これは労働しなくてもお金を動かすだけで、大量のお金儲けができてしまうという社会システムになってしまっているということです。利子経済では、少ないお金を動かすよりも多くのお金を動かすことができたほうが、多くの利益を生むことができます。そのために、世の中には実体経済によらない多くのお金が出まわってしまっています。
 これはお金の発行量を調整することが仕事である中央銀行がお金持ちよりの仕事をしているということでもあると思うのです。それならば現在のように中央銀行にお金を発行させる必要はなく、政府がお金を発行し、ベーシックインカムに必要なお金の発行を優先したほうがよいのではないかと、私も思います。
 こうして政府(国)が直接お金を発行できるようになれば、現在のように中央銀行から、国がお金を借りるようなシステムではなくなります。そうなれば、膨大な国債(国の借金)があるということで国民をおどして「消費税を上げる必要がある!」などという論理は通用しなくなる、と久松さんは言っていました。
 つまりベーシックインカムは、現在の利子経済をたちきり、貧富の差を小さくして格差社会をなくすための道具になりえる、と思うのです。

■用語解説■
実体経済に対する言葉として、「資産経済」や「利子経済」と呼ばれている言葉があります。
資産経済や利子経済というのは、実際には物がないのに物があると仮定して物を売るなどして利益を上げたり(先物取引)、多くの利益を得るために、実際に持っているお金を担保にして実際に持っているお金の何倍もの外貨を買って投資すること(FX=外貨証拠品取引)により、実体経済からかけ離れてしまった量のお金が流通してしまっている経済のこと。
労働をせず、こうした仕組み(マネーゲーム)でお金を増やしてしまうことができないようにすれば、それだけでも人はもっと余裕を持って暮らしていけるのではないかと思うのです。

●私の想い
 中三のときから強く思っていることは、どんな人でも平等に生きていくことができる世の中にしたいということです。
 うちにはいろいろなお客さんがやってきます。
 最近うちにきたお客さんの中に今の仕事がつらくなってしまったという人がいました。
 その人は英語が得意なので、途上国と日本の会社との間に立って交渉をおこなうというのが仕事でした。しかし途上国の人の立場にたって考えると、つらくなってしまうような交渉をせざるを得なかったといいます。
 今の日本の教育は「人として生きるということについて考える(哲学する)」時間と余裕を、できるだけ与えないようにしているように思えます。でも、ジョンレノンや忌野清志郎が歌っているように、「想像するということ」は人にしかできない大切なことだと思うのです。
 そしてその想像する力で、今の世の中を自由や平和(平等)な世の中にするにはどうしたらいいかということを考えることがまた大切だと思います。
 うちに来たお客さんが途上国の人たちのことにまで深く思いをはせたように、これからも国や民族や宗教にとらわれることなく、相手の立場に立って「想像する」、という余裕をもって、生きていきたいと思いました。長い文章、最後まで読んでくれて、ありがとうございました。