言葉をこえて伝わるモノとコト Eco Theater Caravan

●お知らせ●
フィリピンの少数民族の少年少女を招いて行われる予定だったエコシアターキャラバンは、今回の震災のことを考慮し、4月17日の開催は中止(延期)となりました。


 先日、明野の「くじらぐも」で、4月17日に行われるエコシアターキャラバンのプレイベントが行われました。ミュージシャンのkuriが、フィリピンの山岳民族を訪ねたときのことを紹介する、というのがその日のイベントでした。kuriのおふたりは、とても素敵な生き方をしているのですが、それはまた別の機会に紹介させていただくとして、今回は先日のプレイベントと4月17日のイベントのことを紹介させていただきたいと思います。
 先日のプレイベントでは、フィリピンの現地で行われたお祭りの様子、現地の人たちの暮らしぶり、日本との悲しい歴史のこと、それに素晴らしい棚田のことと、それから生まれたkuriの曲を披露していただきました。
 これまでガレージビルダーというムックの中でも紹介させていただいたことがあるのですが、kuriのmihoさん(旧姓イギさん)のお父さんであるイギオヤジによって一羽一羽、手作りされた幸せの白い鳥というのがあります。廃材の白い薄板をくりぬいて手作りされたモビールのような金属製の白い鳥で、なぜかこれを手にすると幸せなことが起こるといわれている不思議な白い鳥なのです。この白い鳥をなんと1000羽、現地の棚田に飾りつけ、そこで舞踏を舞い音楽を奏でて、現地の人たちに見てもらい、感じてもらう、というイベントだったそうです。
 それを聞いて思い出したのは、山田周生さんの言葉でした。周生さんは、自ら考えたBDFの精製装置と共に天ぷら廃油だけで世界一周をしています。その周生さんが、英語もロシア語もまったく言葉の通じない遊牧民のテントに泊めてもらった際のこと。言葉は通じないのだけれども、言葉が通じないが故に、表情やしぐさなどの映像によって言葉をかわす以上の多くの情報が伝わってきた、というような話でした。似たようなことが英語の通じないボルネオの田舎町でもあって、そのときのことを思い出し、ガラにもなく妙に感動してしまったのでした。
 相手が敵であるのか味方であるのか? あるいは好意をもってくれているのか、それともそうではないのか? 言葉を使うとそうした伝達は容易ではあるのだけれど、容易である分、簡単に分かりあったような気になってしまいます。ところが言葉がまるで通じないという状態になると、それぞれが相手が何を伝えようとしているのか?ということを受け止めようとする姿勢はよりいっそう真剣なものになって、おたがいの感受性はギリギリまで研ぎ澄まされ、ひょっとすると言葉以上に深く通じる、ということがあるように思うのです。
 4月17日には、ルソン島の山岳少数民族である、彼ら、彼女らがやってきます。出生証明もない、という人もいたりで、ビザを取るのもたいへんだったりするようですが、そんな彼ら彼女らが、体を使ってどんな表現をしてどんなことを伝えてくれるのか? いまからとても楽しみにしています。

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山岳少数民族の子供たち(14〜17歳)による演劇公演とkuri&Juna AManToの舞踏ライブ、直井保彦の棚田を撮ったギャラリー展示、それに幸せの白い鳥も飛びます。すべてボランティア出演で、会場設営などを手伝ってくれるボランティアスタッフも募集中。前日16日にも彼ら彼女たちと共に、ステージを作る予定です。モミガラを燃料とする「ぬかくど」(モミガラかまど)でご飯を炊いたり、天ぷら廃油で走るクルマを展示したりもしたいと思っています。ギブ&テイクではなく、ギブ&ギブン。基本的には入場無料で行いたいと思っています。ただし、エコシアターキャラバンを支えていくため、感動した分のカンパをいただけたりすると、それはとてもうれしいです。

↑これがイギオヤジ作の幸せの白い鳥。

↑これがイギオヤジのコスモス!

↑ついでにもう一枚。これはイギオヤジ作の自作道具たちの柄の部分。80歳を過ぎて、この柔軟な発想力と天性とも言える美的センスにはマイる。