完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


プロジェクトうんこ 序章

 自由の森学園は、清流、名栗川のすぐ近くにあります。学校にはトイレがあるわけですが、そこにあるトイレは水洗トイレで、そこで排泄された「うんこ」や「おしっこ」は、浄化槽という装置をへて、どうも川に流されているらしい……生徒たちはそのことをを嗅ぎ付け疑問に思ったようでした。この川の下流にはいくつか浄水場があって、そこで取水された水を埼玉県民や都民は飲んでいるのです。大人になると、なんとなく知っていても知らぬふりをして目をつぶってしまうことなのかもしれませんが、純真な若者たちにとって、これは見て見ぬふりすることのできないことのようでした。「うんこ」について考える選択授業「プロジェクトうんこ」はこうして始まったと言われています。

↑これは東京・中野区のとあるゴミステーションにある看板。なかなか強烈。近所の人が迷惑するので排泄物はゴミとして捨ててはならず「下水に流すように」と書かれています。川の上流部に暮らすものとしてはこれはかなり強烈なことなのですが、都会で暮らしているともしかして、これは驚くに値しないことなのでしょうか? 
 川の水を家の中に引き込み、それで野菜や食器を洗っているこの地のお年寄りたちがこの看板を見たら、驚くだろうなぁ……。
 名栗川(入間川)の浄水場の件、埼玉県民や都民の方たちは、一瞬ドキっとしたかもしれませんが、でも大丈夫。安心してください? 埼玉や東京に限らず似たようなことは全国各地で起こっているはずなのです。
 私は南アルプスの麓に住んでいるのですが、この地には膨大な量のミネラルウォーターを世界中に出荷している有名なウイスキー工場があります。あるいは世界一の規模と言われるジュース工場(コンビニで売られている各メーカーのジュースの多くがここで作られています)があり、この工場では世界中から集めた濃縮果汁をこの地の地下水で希釈し製品化しています。ここ白州町の地下水は、世界でも有数と言われるくらいに美味しい軟水で、でも、それらの工場の井戸はウチのトイレ(浄化槽)よりも下流にありますし、川のさらに上流域にはごみ焼却炉から出た膨大な量の焼却灰が積んであったりもします。さらには、その灰を溶かすための溶融炉を川の上流域に作ろう……などという計画が持ちあがったりもするのです。

 プロジェクトうんこ「バイオガス編」に続きます。