ヤママユとアシュラム(3)


 話は前後してしまいますが、ヤママユの話の続きです。上の写真はヤママユガ科のクスサンというガのマユ。このマユは地方によっては「スカシダワラ」などとも呼ばれ、太くて頑丈な糸で作られています。かつてクスサンはテグスサンとも呼ばれていました。この太い糸(の元)からテグス、つまり釣り糸が作られていたそうです。子供の頃、そのことを知って試してみたことがあったのですが、あまりうまくいきませんでした。その後、もう少し詳しいやり方を知ったので試してみたい、とは思っているのですが、なかなかその機会に恵まれずにいます。
↓これがシラガタロウこと、クスサンの幼虫。栗の花に擬態しています(写真のほぼ真ん中あたりにいます)。

 クスサンからテグスをとるには、蛹化前の生きている終令幼虫に犠牲になってもらわなければいけません。幼虫を解剖し、体内から絹糸腺と呼ばれる器官を取り出し伸ばすのですが、それをお酢に漬け込んでから伸ばす、というのが大人になってから知った方法。もうひとつのコツは同じ終令幼虫であっても、摂食を終え、マユを作る場所を探して歩き始めた頃の幼虫を選ぶこと、だそうで、まだ摂食している頃の幼虫だと良質のテグスを取り出すことは難しいそうです。一度ぜひやってみたい、と思っているのですが、単なる好奇心からあの丸々と太った終令幼虫の命を奪う決心がなかなかできずにいます。でも時期になるとたくさんのシラガタロウが道路を歩いているので、事故でクルマに踏み潰された固体があったら、そこから絹糸腺をいただこう……と思っているのですが、たまたま踏み潰された固体があっても完璧にペチャンコだったり……、なかなかチャンスに恵まれずにいるのでした。
 ところで、カイコガのマユから絹糸を取り出す場合も、生きた蛹が中に入った状態でマユを茹でてしまいます。子供の頃はそのことがなんとも可哀想で、シルクのものなんて決して買うまいと硬く心に誓っていました。天蚕と呼ばれる野性のヤママユガのマユから糸をとる場合も同様。家蚕の場合も、天蚕の場合も、数個のマユから一本ずつ糸を繰って、それらをよりながら糸を紡ぐので、成虫の脱出口ができてしまうとその都度、糸を継がなければいけなくなり、そのために脱出口のない(中に生きた蛹がいる)状態で茹でてしまうのだそうです。
↓これがヤママユのマユ。夏の頃は緑色をしていますが、冬になると薄い黄色に変わります。ヤママユの糸は中空繊維で軽い上に保温力があるといわれています。またカイコよりも染色されにくいので混紡することで色の濃淡を出すことができるとのこと。

 しかし遺伝というのは恐ろしいものです。娘も高校生になり、学校(自由の森学園)で染色を学び、カイコのマユが中の生きた蛹ごと釜茹でにされてしまうことを知り、どうにもそれが可哀想でならなかったようなのです。
 そしてたまたま、実家の庭に生えているクヌギやコナラには、父親の嗜好でヤママユやウスタビガの幼虫が放たれていました。しかもこれらの木のヤママユたちは犬によって守られているので、ヤママユにとっておそらく最大の天敵であるサルに食害されることもなく、冬、葉が落ちると一本の木に10〜20個程度のヤママユの抜け殻が付いているのでした。男の子以上に木登りの大好きな娘は、これらの抜け殻を集めはじめたのでした。

 ただしこれらのマユは、抜け殻なので成虫の脱出口があります。カイコと同じ方法で紡いだのでは、途中で糸が切れてしまい、途中で何度も接がなければいけなくなります。しかも専用の道具も必要。
 ところで、綿や羊毛はどのようにして紡ぐかご存知でしょうか? などと偉そうに書いているけど、これも娘から何年か前に教えてもらったのでした。親が子供から、何か自分の知らないことを知っていて教えてもらう、というのは、なんだかとてもうれしいものです。とくにそれが衣食住に関することだったりすると、あー、子供も成長しているんだなぁ、としみじみ感じられうれしくなります。
 綿や羊毛は1本1本の毛足が短いので、短い毛に常によりをかけながらつなぎ、糸としてつむいでいきます。そのためのもっとも原始的な道具がスピンドルと呼ばれるモノ。
↓竹を切って割り、切り出し小刀で削るなどして作ります。先端部に糸をかけるためのフックを作るのがポイント。写真は娘が作ったスピンドルで、5円玉がオモリ兼フライホイールとして使われています。棉や羊毛はもちろん、夏毛に生え変わるときの犬の毛も部屋の綿ボコリと共にスピニングされていたりします



 で、これらと似たような方法で穴のあいたヤママユのマユも紡ぐことができないか?と考えたようでした。なんどか試行錯誤の結果、最終的には以下のような形になりました。
↓マユの抜け殻はストーブの上のナベで茹でます。数本〜十数本糸を引き出してみて様子をみます。

↓糸を繰ってみてちょうどいいくらいになったら、マユを回転させて糸をよりながらマユから糸を引き出し、適当な木の枝に巻きつけていきます。

↓マユの中には、オモリとしてベアリングの玉が二つ入っています。パチンコ玉や釣りのオモリなどでも良いと思います。マユの中に入れるオモリの重さで糸の具合を調整することができます。

 しかしこうして糸を紡ぎ、布を織り、服に仕上げるには気が遠くなるくらいの膨大な時間が必要です。でも不思議なことに、こうして糸を紡いでいる時間というのは、モノゴトを静かに優しく捉えることができ、不思議なくらいに心が落ち着いてくるのです。単純作業のように見えるけれども、気がそれてしまうと糸は切れてしまい作業はなかなか進みません。静かにそしてしっかり心を落ちつけて取り組まないと、うまくいかない作業でもあるのです。
 非暴力を標榜していたガンジーですが、当初おこなったイギリスへの不服従運動では双方の暴力と恨みを生んでしまいました。そのことに悩み、そして悩んだ末に手にしたのが、(イギリスが持ち込んだ効率優先の機械ではなく)「手作業で糸を紡ぐ」という行為だったのです。
 ……残念ながら、今回もアシュラムにまでたどりつけませんでした。またつづきます。
↓これがヤママユガの成虫。交配のためにはオスは一頭いれば、十分。とは言うものの、糸を取るためにこんな美しい蛾を殺してしまうのは、やっぱり忍びないです。