完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


あいにかない? 秋の雨

 久しぶりに青空がのぞき、きょうはテントウムシの日でした。今年こそはテントウムシの越冬小屋を作ってあげようと思っていたのに、結局今年も果たせず仕舞い。テントウムシは集団越冬するので、原寸大のテントウムシの絵をたくさん描いた鳥の巣箱のような小屋を作れば、そこに集まってくれるのではないかと、密かに期待しています。そうすれば窓の隙間に忍び込んだテントウムシカメムシたちを、窓の開閉で少しは殺さずにすむかもしれない……。
 ところで、都会に住むテレビのお天気おねーさんは、雨が降るとまるで雨の枕詞のように「あいにくの」という言葉を使います。でも、都会と違って田舎に降る雨は必ずしもあいにくではなかったりします。この時期の雨は麦にとって待ちに待った雨だし、山では菌類がこのときとばかりに子実体を成長させます。

↑雨あがりの木漏れ日の中、なめこが白く輝いていました。

↑こちらはクリタケ。都会には出まわりにくい、山に住むものの特権のようなきのこです。

↑侮れないのがつけ焼き。ときさんが絞った自家製お醤油をハケ塗りしながら炭火で焼きます。お酒は薪ストーブの上のお湯に沈めたぬる燗。ぬめりのあるなめこがつけ焼きだと意外とおいしかったりします。

アラカンパーニュの須藤シェフの前菜を真似て、きのこと野菜のトルティーヤを作ってみました。ディルとルッコラが隠し味。パルメザンチーズを掛けて、巻いていただきます。
 こんな風に、田舎に降る雨は、必ずしも「あいにく」ではなかったりするのでした。