完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


油田でお食事?

 久しぶりに畑に出ました。しばらくご無沙汰だったので、やりたいことがたくさん。台風の風で倒れてしまったピーマンやグリーンチリを支柱にしばりなおしたり、おいしい秋ナスがたくさん獲れるように枝を切り戻ししたり……。
 山から切ってきた竹の支柱は美しいのだけど、春から土に挿しておくと、どうも夏の終り頃には土との境界のあたりが腐食してポッキリ折れてしまいまうんですね。やっぱり市販品の緑のイボ竹風の支柱は丈夫なんだよなぁ、でもなんで、緑なのだろう? つや消しのこげ茶色だったりしたらいいのに……。センスないよなぁ……なんてブツブツいいながら、草に負けそうなアスパラの除草をしたり、カラカラだったネギに水をあげ土寄せしたり、白菜の寒冷紗の中に入ってしまっていたエンマコウロギを外に出したり、畑仕事の楽しさを満喫しておりました。そんなことをやっているうちに、あっという間にお昼。

 ↑きょう獲れたトマト。おいしいものはおいしいだけでなく美しかったりします。

 ところできょうは、仙人小屋でお昼ごはんを食べることになっていました。「早くこねーと、油、あふれちまうぞぉ!」と声をかけていただき、行きたくてウズウズしていたのですが、やっと仕事がひと段落し、天ぷら廃油をいただきに行けるようになったのでした。仙人小屋は我が家の貴重な油田のひとつなのです。
 お店に入るとまず、メニューが目の前に現れます。

↑顔面丼? どんなどんぶりなんだろう?
↓こんな、貼り紙もあったりします。

↑本人、というのが楽しいですね。夢のワラビ、はちめし、顔面丼など、興味津々ながらも、今回は「いろいろ天ぷら定食」と「きのこ丼」にしました。
↓で、これが「いろいろ天ぷら定食」です。ごはんはどんぶり飯。でも天ぷらのボリュームがあまりに多いので、どんぶりが小さく見えてしまいます。私が確認できたのは、マツタケ、マスタケ、シシタケ、イロガワリ、それにもしかしたらクロカワ、あと、イワナの新子の天ぷらもあって、おいしかったなぁ。、 

↓これは「きのこ丼」。お重にのりきらないきのこが外のお皿にあふれています。天ぷら定食とは違った少し甘みのあるたれが絶妙でした。

↓それぞれの定食には「キノコ汁」が付きます。今回はハナビラタケ系?とホウキダケ系?のきのこが入っていて、その香りがきいていておいしかった。野生のナメコとも言えるヌメリスギタケの頃にはもっとぬるっとしたお椀だったりして、このきのこ汁、季節によって違うから毎回楽しみなのです。でも毎回、どっさりきのこが入っていることは変わりはありません。きのこの旨味も濃厚で、もったいないからもう少し薄めにして、小分けにして何回もいただきたい、と思ってしまうくらいです(笑)。

↓仙人は「今年は全然ダメ!」などと言っておりましたが、本日の収穫というカゴの中に無造作にマツタケが入っているし、手のひらよりも大きなシシタケ、それにクロカワ、右下はムラサキホウキタケかな? 右上にはそろそろ終りのはずのアカヤマドリがわずかに見えます。



↑クマ肉とゴボウの煮込み。おいしかったぁ。今まで食べたクマ肉の中で一番おいしかったかも? どうしたらこんなに柔らかくクセもなくおいしく炊けるのでしょう?