完璧な自給自足は目指さず、「テキトー」と「いー加減」をモットーにあまり頑張りすぎない、
そんな暮らし方がこの頃なんだか、とてもオモシロイ!と感じています。
自給「知足」的な暮らしは言いかえると「貧乏臭い・ケチ臭い暮らし」でもあります。

でも「ケチ臭いビンボー暮らし」も、そう捨てたものではありません。
ビンボー暮らしは、お金をそれほど必要としない暮らしとも言えます。
そのため、お金稼ぎの作業や仕事に長時間、拘束されずにすみ、
その分の時間を、ヒトが暮らすための作業に使うことができます。

農的でていねいな暮らし方が可能で、身近なところで幸せを感じることができたりもします。
また、昔ながらの農的な暮らしは、ヒトも一種の哺乳類として自然の生態系の中で
他のいきものたちと共に生きる暮らし方だったりもします。

そして、こうしたテキトーでいー加減な自給的な暮らしをうまくやっていくポイントは、「知足」? 
人間の欲望は際限がなくて、いくらお金を得られたとしても、たぶんいつまでたっても満たされません。
でも逆に、小さなちょっとしたことでも、とても幸せに感じられることがあったりします……不思議です。

日々の暮らしの中から「自給知足的な暮らし」を楽しむためのヒント? 
のようなものを、紹介できたらいいなぁ、と思っています。どうぞ、よろしく。


ジモリの八ヶ岳登山

19 日から3日間、自由の森学園中学2年生の赤岳登山の付き添いで、八ヶ岳に入っておりました。

↑我が家(のすぐ近く)から見た八ヶ岳。赤岳は2899mで八ヶ岳の最高峰です。


ひと班、5人から6人でそこにひとり、大人の引率者が付き添います。生徒たちに何か具体的な指示を出すというのではなく、班の一員として一緒に登山を楽しみながらも、何か問題が起こると一歩離れたところからニヤニヤ見守るというのが引率の役割でした。

↑頂上ちかくの急所、クサリ場を登る、ジモリ生。高所恐怖症の子もいたりして……でもみんなで励ましながら苦境をのりきるのでした。


山という日常とは違った環境に3日もいると、いろいろなことが起こります。また、疲れてきたりケガをしたりすると自分のことで精一杯になって、他人のことどころではなくなってしまったりもします。これは大人も子供も同じですね。でも、若い彼ら彼女らは、そうしたつらく苦しい現場を一緒に乗り越えると班の仲間同士の結びつきがより強くなっていきます。これから時間がたつにつれ、苦しかった思い出は、楽しかった思い出に少しずつ変わっていくことでしょう。どこまでも純真な若い力になんだかちょっと羨ましい気持ちにもなりましたが、でも逆に、生徒たちから大きなもらいモノをしたのは、引率させてもらった大人のほうだったのかもしれない、と家に帰って少ししてから気がつきました。

↑これは生徒が見つけた葉の表面に鋭いトゲのある植物。亜高山帯に生育するウコギ科の「ハリブキ」という植物のようです。指にトゲを刺してみて「かなり痛い」と感触を確かめていました。若い感性は素晴らしいのです。